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長野地方裁判所 昭和30年(ワ)95号 判決 1960年10月08日

原告 高橋遵一

被告 社団法人長野県歯科医師会 外一名

主文

原告と被告社団法人北佐久郡歯科医師会との間において、原告が同被告の会員であることを確認する。

原告と被告社団法人長野県歯科医師会との間において、原告が同被告の会員であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、(一)原告と被告社団法人北佐久郡歯科医師会との間において、原告が同被告の会員であることを確認する。(二)原告と被告社団法人長野県歯科医師会との間において、原告が同被告の会員であることを確認する。(三)被告社団法人北佐久郡歯科医師会は原告に対し、金十万円及びこれに対する昭和二十九年十月二十四日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。(四)社団法人北佐久郡歯科医師会は東京都において発行する朝日新聞・毎日新聞・読売新聞の各長野県版及び長野県において発行する北信毎日新聞・信濃衛生新聞・軽井沢タイムスに二倍活字二段抜きで十日以内に各二回別紙文案の謝罪公告をなせ。(五)訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並びに第三項第四項につき仮執行の宣言を求め、

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求めた。

原告訴訟代理人はその請求原因として、

一、原告は歯科医師であつて、昭和二十二年八月より長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉三千百六十五番地で開業し、開業と同時に被告両会に入会し、昭和二十五年四月被告社団法人北佐久郡歯科医師会(以下被告郡会と略称する。)理事となり、昭和二十七年四月被告郡会審議委員会委員長となり、又昭和二十四年一月には軽井沢町国民健康保険運営協議会歯科代表委員となつた。

二、被告郡会は医道の高揚・歯科医学医術の進歩発達と公衆衛生の普及向上を図り、予防医学の完成に努力し、社会並びに会員の福祉の増進を目的として設立され、北佐久郡内の歯科医師をもつて組織されている社団法人であり、被告社団法人長野県歯科医師会(以下被告県会と略称する)は被告郡会と同一の目的をもつて設立され、長野県内の郡市区の歯科医師会の会員をもつて組織されている社団法人である。

三、被告郡会は昭和二十九年十月二十四日北佐久郡岩村田町(現在浅間町)の教育会館において開催された臨時総会で、原告は左記の如く、定款第十六条第一項第三号・第四号の除名事由に該当する行為をなしたとして、原告を除名する決議をした。

(A)  原告は昭和二十九年八月十日附北信毎日新聞紙に「歯科医療費不当請求問題について」と題する署名入りの記事を掲載せしめたが、右記事は会員の業権を萎縮せしめ、世間一般に対し歯科医師の信用を失墜せしめると共に疑惑を懐かせ、会員の福祉の増進を目的とする本会設立の趣旨に反し、本会の名誉を傷けるものである。

(B)  原告は同年四月十一日開催された定時総会で、軽井沢地区会員の総意を確かめずに動議を提出し、同地区の会員中島鉱蔵を同地区より離脱させ、個人の意見で会員の離合集散を企てた。

(C)  原告は昭和二十五年秋頃役員会にも総会にも上程せず、会の意思とは関係なく単独で、会員の岩崎貞彦に対し「歯科一般」と掲記した同人の看板は医療法に違反するから直ちに改めるべき旨を注意し、然も他の同業者の同種の広告に対しては何等処置を講じないという不可解不明朗な行動に出た。

(D)  原告は会員植木文子の医療費請求事件に関連して被告郡会に専務理事の辞表を提出した岩崎貞彦に対し、昭和二十九年九月頃辞表の撤回を勧告する旨の書翰を送り、その中で「辞表を撤回される方よろしきことゝ存ずる。万一御返事なき節は万事休すと存じ、ために如何なる結果を招来するやも知れ申さず」と会員相互間の交通内容としては甚だしく不隠当な文言を記載し、右岩崎を脅迫した。

そして被告郡会長竹内勝時は同日その職務執行者として原告に対し、右決議により原告を除名する旨を通告し、原告を除名した。

四、しかしながな右除名(以下本件除名と称す)は次の理由により無効である。

(イ)  除名事由として挙げられた(A)(B)(C)(D)の各事実はいずれも定款第十六条第一項第三号・第四号の除名事由には該当しない。即ち

(A)について、

昭和二十八年八月頃土屋和之が堀込重則から歯等に傷害を受けるという事件が発生したが、この歯の治療にあたつた被告郡会の会員である北佐久郡軽井沢町在住の歯科医師植木文子の請求した医療費金六万九千六百七十円が余りに高額であつたので、被害者土屋と加害者堀込との間にその賠償につき折合がつかず、土屋より堀込を相手方として岩村田簡易裁判所に民事調停の申立がなされた。一方原告は当時右傷害事件の捜査に当つていた軽井沢警察署長より右医療費の適正価格調査の依頼を受け、歯科医師林鋭吉立会の下に調査をなし、右医療費の適正価格を金三万四千二百円と認定し、これを同署長に報告した。そこで被告郡会長・被告県会長等が斡旋に乗り出し、植木文子は右医療金額を被告県会長等の裁定案である金五万円とすることに同意し、医療費問題は解決したのである。しかるに植木はその後態度を豹変し、再び当初の請求額である金六万九千六百七十円を請求したため紛糾し、前記裁判所の調停委員会では、植木に支払うべき医療費を当初の金六万九千六百七十円として土屋・堀込間に調停が成立した。調停がこのような結果となつたのは、被告両会の会長等が金五万円の案を出しながら、暗に植木に対し同人の請求額全部を容認するような態度を採つたからであつて、この事件につき終始適正料金に従うべきことを主張し続けていた原告はかくの如き結果となつたことを遺憾とし、医療費の適正化を希求し、北信毎日新聞が昭和二十八年八月三日掲載した「去る二十八日の調停を最後として治療費五万円を事件当事者において支払うことが成立し、過去一切の問題を水に流し、円満に解決した。」旨の記事の誤りを正し、且つ不当に高額な医療費が国民の健康保険上憂慮すべき事態を招来することを恐れ、不当に高額な医療費を請求する者に対し反省を求める旨の所信を記した私信を右新聞社に送り、同月十日附の同新聞紙にそれが記事として掲載されたのであるが、この記事がどうして被告郡会の名誉を傷け、体面をけがすことになるのであろうか。寧ろ原告の如く、人道的見地に立つて医業に精進する者があればこそ、歯科医師の信用も高まるのである。

右医療費請求問題はそれまでに再三新聞紙上を賑わしていたのであつて、この問題を惹起した者こそ、被告郡会の体面をけがすものというべきである。原告の行為は決して定款所定の除名事由に該当しない。

(B)について、

中島鉱蔵は前記植木文子の不当医療費請求事件が起きた当時被告郡会の監事であるから、職責上右問題を惹起した右植木に忠告すべきであるのにこれをなさず、かえつて同人の不当な行為を庇護するような言動をなした。そこで原告は軽井沢地区の会員間の円満を損う事態の生ずることを虞れ、これを防ぐため、昭和二十九年四月十一日開かれた定時総会において、右中島が小諸地区に移ることを希望する旨の提案をしたところ、役員会一任となり、役員会において、右中島を軽井沢地区から離脱せしめる決議がなされ、同人もこれを承諾して小諸地区に移つたのであつて、原告の恣意によるものではない。従つて右提案をした故をもつて、原告を責めるのは筋違いも甚だしく、除名理由となり得ないことは勿論である。若し原告が責めらるべきであるとするならば、原告の提案を採択した被告郡会の役員会・総会は原告に幾十倍する責任を負わねばならぬ筈である。

(C)について、

医療法第六十九条・第七十条は、歯科医師の広告は歯科とのみ記すべき旨を規定している。従つて岩崎貞彦の看板は右規定に違反することは明らかであり、原告がこれを是正せしめるべく同人に注意したのは、同業者としての好意から出たのである。被告郡会の専務理事の地位にあり、会員の範となるべき同人としては、喜んで原告の注意を受け容れるべきであつて、原告が注意したことをもつて定款違反というが如きは非常識も甚だしい。又岩崎と同様の広告が巷間に存するからといつて、原告がそれを一々注意しなければならないものではない。むしろかゝる広告を放置した責任は被告郡会の会長・専務理事等の役員が負うべきである。

(D)について、

原告は被告郡会将来のため、専務理事の辞表を提出した岩崎貞彦を飜意せしめんとして、強意的修辞法を用いたにすぎない。原告は脅迫してまで同人に辞表を撤回させる必要はない。又辞職を迫るのなら脅迫ということもあり得ようが、辞表を撤回するよう有利な進言をする場合にその人を脅迫する者があろうか。又原告の書いた文書は原告と岩崎との間の私信にすぎない。これをもつて独立した人格を有する被告郡会の除名理由とするのは不当である。

以上の如く、原告の行為は医道を高揚し、歯科医師の社会的信用を高め、被告郡会の会員の福祉の増進をはかるためのものであつて、被告郡会の目的と合致し、除名事由にはあたらない。

(ロ)  臨時総会の決議によりなした本件除名は定款に違反する。被告郡会の定款第三十二条第一項は「左の事柄は定時総会で議決又は承認を要する。」とし「一、定款(第五条の規程を除く)の変更。二、予算及び決算。三、会費及び負担金の額。四、寄附された金品の収受。五、重要な財産の構造管理及び処分。六、基本金に関する事柄。七、借入金(年度内に償還するものを除く)。八、継続事業の設定、費用の増減及び期間の短縮延長又は打切並びにその状況。九、その他重要なる事柄。」と列記している。社団法人において最も重要な要素は社員組識である。それ故に民法第三十七条は定款の必要的記載事項として社員たる資格の得喪に関する規定を掲げている。社員を除名すべきか否かは、社団法人にとつて最も重要な事柄であり、被告郡会における除名は右条項の「その他重要なる事柄」に該り、除名は定時総会の議決又は承認を得なければならないのである。そして右第三十二条の議決又は承認は総会の議決によつて定まる事柄については定時総会の議決を必要とし、理事会・理事等のなした行為については定時総会の承認を必要とする趣旨と解すべきである。故に除名決議は定時総会においてなすべきであり、臨時総会でなした原告の除名決議は定款に違反し無効というべく、右決議による本件除名はその効力を生じない。

五、被告郡会は昭和二十九年十一月六日附文書をもつて被告県会に原告を除名した旨を通知し、被告県会はこの通知に基き、同会定款第十五条の「郡市区歯科医師会又は日本歯科医師会で除名された者又は郡市区歯科医師会員又は日本歯科医師会員たる身分を喪つた者は同時に本会の会員たる身分を喪うものとする。」との規定により原告を除名した。

しかしながら(1) 被告県会は被告郡会とは別個独立の法人であるから、被告郡会の除名が正当と認められた場合にのみ右規定の適用があるのである。従つて被告県会は被告郡会の除名が正当であるか否かを審査して原告を除名すべきか否かを決すべきであつた。それなのに被告県会はかゝる考慮を払わず、漫然前記除名通知によつて原告を除名したのは定款に違反し無効である。(2) のみならず、被告郡会のなした本件除名は前述のとおり無効であるから、その無効な除名を前提としてなした被告県会の除名は当然無効である。

六、被告両会は任意加入団体ではあるが、歯科医師の大多数が加入しており、又団体として国民健康保険(以下国保と略称する)の療養担当者に指定されているので、原告は除名により同業の歯科医師から孤立しかつ国保療養担当者の資格を喪い(原告は除名後改めて個人として療養担当者としての指定を受けるため出願しなければならなくなり、一時は生活に窮する窮境におちいつた。)著しく信用を失墜した。その信用を回復するためにも被告両会の会員であることの確認を求める利益がある。よつて原告が被告郡会及び被告県会の会員であることの確認を求める。

七、前述の如く、被告郡会長竹内勝時は除名決議がなされた昭和二十九年十月二十四日原告に対し、右除名決議により原告を除名する旨を通告して原告を除名し、次で同年十一月六日附をもつて小諸保健所長・北佐久地方事務所長・長野県社会部長・同県衛生部長・軽井沢町長・被告県会長および東信地区歯科臨床研究会長に原告を除名した旨通知し、又除名の事実は同年十月二十五日信越放送正午のニユース、同日附信濃毎日新聞夕刊、翌日附同新聞朝刊および同月二十八日附信濃衛生新聞で一般に報道された。そのため原告は被告郡会の社員権を侵害され、主務官庁はもとより世人から同業者の業権を侵し、歯科医師の体面をけがし、被告郡会の綱紀を乱し、同業者を脅迫する不徳漢として評価されるところとなつて著しく信用を害し、名誉を毀損され甚大な精神的損害を受けた。しかして右竹内は除名決議が実質上も形式上も無効なものであることを知り、若しくは過失により知らずして、原告に対し除名の通告をし、かつ関係諸機関にその旨を通知し、原告に精神的苦痛を与えたのであるが、前記の如き理由による除名が公になれば、原告の信用が失墜し、名誉が毀損され、又除名の事実が人の口を賑わし、世間一般に知れ渡ることも十分予測し得るところである。そして右竹内は被告郡会長の資格においてその職務の執行として右不法行為をなしたのであるから、民法第四十四条第一項の理事がその職務を行うにつき他人に損害を与えた場合に該当し、被告郡会は原告に対し、その与えた精神的損害を賠償し、侵害した名誉を回復する方法を講ずる義務がある。

原告は大正十年東京歯科医学校を卒業し、同校実習科・歯科医学高等講習会を受講し、大正十二年歯科医師試験に合格し、同年歯科医師を開業し、小学校々医となり、昭和十六年満洲四国平省昌図県立病院歯科医長となつたが、終戦により昭和二十一年内地に引揚げ、それから一記載のような経歴を辿つたのである。原告の家族は妻ユキ・次男静夫・次女貞子の三名で静夫は高等学校を卒業して逸見鉛管株式会社に勤務し、貞子は高等学校卒業後東京高等技芸学校に入学し、在学中である。原告は現住所に宅地四十五坪診療室用建物約八坪その他医療器具類約三十万円を所有し、歯科医師として一ケ年約五十万円の収入を得て安定した生活を営んでいる。右原告の地位・身分等からすれば、原告の蒙つた精神的損害は金銭に見積り金五十万円を相当とする。

よつて被告郡会に対し右金五十万円の内金十万円とこれに対する不法行為の日の昭和二十九年十月二十四日以降完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に侵害された名誉を回復するため、別紙文案の謝罪公告を請求の趣旨記載の新聞紙上に掲載することを求める。

と陳述した。

被告等訴訟代理人は

第一、被告郡会の答弁として、

一、請求原因事実中、一は原告が被告郡会審議員会委員長となつたことを否認し、その余は認める。二・三は認める。四は否認する。五・六は被告郡会が被告県会に原告を除名した旨通知したこと及び被告両会が任意加入団体であることを認め、その余は争う。七は被告郡会長竹内勝時が原告に対し、除名決議により原告を除名する旨を通告し、小諸保健所長等七ケ所に原告を除名した旨を通告したことは認めるが、その余は争う。

二、被告郡会は原告主張の如き理由により原告を除名したのであるが、除名の理由となつた事実の発生前原告は(a)昭和二十二・三年頃会員林幸一に医療法違反並びに金地金統制法違反の行為があるとして同人を告発し、又昭和二十三年一月頃開催された総会において、右違反問題の処理を役員会に一任する旨の決議がなされたにも拘らず、高原新聞に投書して同年四月八日附同新聞紙上に「北佐久郡歯科医師会の不正暴露さる」との記事を掲載せしめ、更に長野県知事に対し、右林幸一に不正ありと投書し(前記告発事件は不起訴となつた。)(b)被告郡会においては、医療物資である金地金は会員の実績・患者数の多寡により配給する旨の総会の決議により配給されていたのに対し、昭和二十三年中右は原告等引揚者を無視する不当な配給方法であるとして総会において役員を追求し、或は天笠忠素等数名の共産党員をして被告郡会の会務である金地金の配給方法に容喙せしめ、(c)脳梅毒をわずらいかつ精神異常者である秋山某の言をとり上げ、独断で昭和二十三年頃右秋山が前記林幸一の不正な継歯治療のため病気になつたと右林を岩村田警察署に告発し(右警察署はこれを不問に附した。)(d)軽井沢町国保運営協議会委員をしていた昭和二十三年中被告郡会にはかることなく、同組合の業績が挙がらないのは、同業者中に不正をなす者や、不当な診療報酬の請求をする者があるからだとして、既に県において審査を終えた会員の診療報酬支払請求書(以下報酬請求書と略称する)を同組合から持出して自宅で調査し、自己の見解のみで会員林鋭吉の報酬請求書に不正不当があると断定し、同組合を通じて長野県国保団体連合会審査委員会に右請求書の再調査をなさしめ、又長野県社会部保健課に対し右林鋭吉の請求が不当である旨を申出る等のことをなし、被告郡会をして原告と林鋭吉及び前記組合間を斡旋せざるを得ないような不面目な立場に立たせる等の行為をなした。右の如く原告は被告郡会の体面をけがし、綱紀を紊乱し、会員を中傷して離間を策し、会の平和を破壊するような言動に出ながら反省せず、重ねて(A)・(B)・(C)・(D)の定款違反行為をなしたので、被告郡会はやむなく原告を除名したのである。

三、被告郡会の除名決議には実質的瑕疵はない。

原告は除名の理由として挙げられた事実は定款第十六条第一項第三号・第四号に該当しないと主張するが、被告郡会及び被告県会は原告も認める如く任意加入団体である。被告郡会は北佐久郡内の、被告県会は長野県内の歯科医師の有志で組織している団体であり、歯科医師が被告両会に入会するかしないかは各人の自由である。かくの如く被告両会は同業者の有志の団体であるから、定款をもつて、会員の福祉の増進を重要な目的事業としている。従つて被告両会の根本的性格は会員の和衷親睦である。それ故に被告両会は区域内の歯科医師が入会を申込んでも、会内の和衷親睦を乱す人柄であるならば、その入会を拒否すべく、特に定款で、会の承認を受けて入会するものとする旨を規定しているのである。かような次第であるから、定款第十六条第一項第四号の「本会の綱紀を乱した者」は厳格な意味で綱紀を乱した者にあたらなくとも、会員間の和衷親睦を乱せば、この綱紀を乱した者として、被告郡会から出て行つてもらいたいということになるのであつて、除名事由(B)(C)(D)の各事実は正に第十六条第一項第四号の綱紀を乱した場合に該当する。又(A)の、原告が自己の氏名を明らかにして、その属する被告郡会の名誉を毀損し信用を失墜すること顕著な事柄を殊更北信毎日新聞に投稿し、これを同紙上に掲載せしめたことが、定款第十六条第一項第三号の被告郡会の体面をけがすことになることは極めて明瞭である。以上のとおり被告郡会のなした除名決議は正当であり、定款に違反しない。このことは昭和三十年四月二十四日の定時総会において出席会員全員が原告の除名を承認し、これを再確認したことによつても明らかである。被告郡会の会員の大多数は、この様な行動に出る原告が会員となつていることは困るから、会から出て行つてもらいたいと考え、除名の決議をしたのであつて、それは若し入会前に原告がこの様な言動をなす性格の人であることがわかつていたならば、入会を拒否したであろうということと同じことなのである。定款第十六条の除名は右のような性質のものなのである。被告郡会の会員が単に原告を毛嫌いして恣意によつて原告を排斥したのでないことは右により明らかである。

又日本歯科医師会(以下日歯と略称する)は会員の遵守すべき徳義規程として十項目を定めているが、全国の郡歯科医師会及び県歯科医師会の会員は同時に日歯の会員であるから、右徳義規程を遵らなければならないのである。ところで右規程の第二項には「歯科医師が公衆一般より尊敬されんとするには先ず同業者が互に尊敬しなければならない。同業者が軽蔑し合つていては決して社会の尊敬を受けることはできない。されば妾りに同業者の人格又は施術を批判してはならない。若し同業者のやり方に遺憾があつたならば、患者等世間に発表せずして密かにこれが是正に努めるか又は本会へ申告すべきである」と明記してある。除名理由となつた原告の行為は正にこの項目に違反し、この点からも被告郡会が定款第十六条第一項第三号・第四号に該当するとして原告を除名したのは至当である。

なお被告郡会の除名は前述の如く会から出てもらいたいという趣旨のものであつて、懲戒ではない。このことは以下述べるところにより明らかである。即ち昭和十八年勅令第六三四号医師会及び歯科医師会令(以下医師会令と略称する)により設立された歯科医師会(以下旧歯科医師会と略称する)は国家厚生行政の一翼をになう公法人であつて、右勅令は歯科医業に従事する歯科医師に対し、設立の強制と加入の強制を命じ、第十一条で会則には会員の懲戒に関する規定を設けるべきことを定めたが、強制加入の建前から会員の除名はできないことになつていた。ところが旧歯科医師会は昭和二十二年勅令第一号により追放の指定を受け解散を命じられて消滅した。それと同時に占領軍司令部は医師会令を廃止せしめたが、その後医療制度を整備する必要を認め、医師・歯科医師の社交団体的な和衷協同を本旨とする各人の自由意思による任意的団体としてならば医師会及び歯科医師会を設立しても差支ない旨を我が政府に指令して来た。そこで右指令の趣旨に則り歯科医師の有志が集り社団法人の歯科医師会を設立したのであつて、被告郡会・被告県会もその一つである。被告両会は右の如き性格のものであるから、会員に対する懲戒権を有せず、除名に関する規定を設けてはいるが、それは退会してもらいたいという趣旨のものであつて、定款に退会せしめると書いても、その会員の退会行為が必要なので、退会しないと頑張れば退会せしめることができないから除名すると規定したにすぎず、旧歯科医師会のような懲戒権に基く除名処分とは性質が違うのである。又被告郡会の定款には戒告の規定がない。定款に従い除名してさえ抗争する原告に対し、定款に規定のない戒告などしようものなら必ず激しく非難攻撃するであろう。かような人柄の原告に対しては定款の規定通り取扱い直ちに除名する外に方法がなかつたのである。

四、被告郡会の除名決議に形式的瑕疵はない。

被告郡会の定款第五章会議、第一節総会の条文中、第二十九条は「総会を定時総会と臨時総会とに分ける」と規定している。即ち定時総会と臨時総会は総会の種別であつて、単に総会と規定してあれば、当然定時総会と臨時総会の両者を包含することは右規定の文理解釈上疑ないところである。そして右定款中特に定時総会と明記している条文は第二十九条第一項・第三十二条第一項の二ケ条であり、臨時総会と明記している条文は第二十九条第一項・第三項・第三十条の二ケ条である。その他の第十六条等十五ケ条は全部総会となつているのであるから、右第十六条等の総会は臨時総会と定時総会を包含していることは明らかであり、被告郡会が第十六条第一項第三号・第四号に該当するとして臨時総会で原告を除名する議決をしたのはもとより適法で、定款違反ではない。原告は、除名は定款第三十二条第一項第九号に該当するから、定時総会の議決又は承認を得るを要すると主張するが、第三十二条第一項が「左の事柄は定時総会で議決又は承認を得ることを要する」としたのは、第一号乃至第八号の事柄を定時総会で議決又は承認を得なければならない事項即ち定時総会の必要的附議事項とするためである。しかしながらそれだけと定時総会の附議事項は第一号乃至第八号の事柄だけとなつて、その他は一切附議してはならないとも解される虞があるので、その他重要な事柄なら何を附議しても差支ないことを明かにするため、第九号を附加したものと解すべきである。なお昭和三十年四月の定時総会において右除名は再確認された。

五、叙上の如く、北佐久郡内の歯科医師は、被告郡会へ入会するか否か自由であるが、その代りに被告郡会としても入会させるかどうかは自由に決め得るのである。又一度会員となつた者でも会の性格に合わない者は自由に退会させるのが被告郡会の本質的性格である。右の如く被告郡会は会員を退会させることも自由なのであるが、会員を被告郡会の恣意によつて退会せしめるのは穏当を欠くので、予め退会せしめる基準を定め、定款第十六条第一項に、会の体面をけがした者・会の綱紀を乱した者外三項目の除名事由(実質的要件)を定め、総会でその会員が右の何れかに該当するものとして適法に議決がなされたならば(形式的要件)その全員を除名即ち退会せしめることになるのである。右の如く定款で除名事由を明かにしている以上、被告郡会は右五つの事由以外によつては会員を除名することができないのであるが、その反面会員が除名事由に該当するか否かは被告郡会の自由な決定に任されるべきであつて、裁判所の審判の対象となるべき性質のものではない。従つて定款第十六条の除名決議につき、裁判所の審判の対象となるのは(イ)同条第一項第一号乃至第五号に列記する以外の事由で除名した場合と(ロ)除名決議の手続に違法があつた場合だけである。被告郡会のなした原告の除名決議は右(イ)(ロ)の何れにもあたらないから裁判の対象とならず、原告の本訴請求はこの点において失当といわざるを得ない。

六、原告は除名によつて、国保療養担当者の資格を喪つたと主張するが、事実に反する。療養担当者即ち保険医となるには各医師・歯科医師個人々々が保険者である地方長官(又は保険組合)と直接担当契約を結ぶことによつて成立するのであつて、医師会・歯科医師会の会員であるか否かとは全然関係のないことである。このことは国民健康保険法を通覧すれば、自から明らかとなる。又乙第一・第二号証を一読すれば明らかなように、被告郡会も被告県会もその所属の会員全体のために包括して保険者と保険担当契約(いわゆる団体契約)を締結するようには規定していないし、現実にも被告両会がこのような団体契約を結んでもいないのであるから、除名されたからといつて、保険医たる資格には少しも影響しないのである。

七、仮に本件除名が無効であるとしても、原告の金十万円の損害賠償請求及び謝罪公告の請求は失当である。

(1)  原告は本訴において、一方では被告郡会及び被告県会の会員であることの確認を求めながら、他方では損害賠償と謝罪公告をなすことを求めるのであるが、原告の要求する謝罪公告が被告郡会の名誉を毀損し、信用を失墜せしめ、体面をけがすものであることは一読して明瞭である。原告は裁判という強力な方法で被告郡会に右の謝罪公告をなさしめ、被告郡会の体面をけがそうとするのである。被告郡会の会員は被告郡会の名誉を毀損し、信用を失墜するが如き行為をしてはならないことは勿論であり、若し被告郡会の体面をけがすようなことがあれば、除名されることは定款に明記するところである。原告の被告郡会の会員であることの確認を求める請求と、被告郡会に対し謝罪公告をなさしめんとする請求とは矛盾する。従つて原告が被告郡会の会員であることを主張するならば、その所属する被告郡会に対し謝罪公告をなすべきことを請求してはならない筋合であり、又若し被告郡会に謝罪公告をなさしめんとするならば、その会員であることを主張することは許されない道理である。

(2)  次に名誉とは人の社会的評価である。従つて名誉の社会的価値を肯認し、これを尊重するのには、社会生活における倫理道義が基盤とならねばならない。原告は被告郡会の会員との和衷協同を期し得ない性格の持主である。その原告が被告郡会の会員として名誉の保護のため謝罪公告を要求するのであるが、その要求は倫理道義の基盤から外れたものであり、名誉の尊重・名誉の擁護の根本精神に反するものである。

(3)  民法第七百二十三条の名誉を回復するに適当な処分は加えた侵害と受けた毀損の程度を比照して人の社会的評価たる名誉を回復するにつき公正妥当なものでなければならない。若し名誉回復の訴訟において、犬糞的復讐的又は悪辣不当な請求をしたならば、名誉の性質に鑑み棄却されるべきである。

これを本訴請求についてみれば、原告の主張によれば、現住所に開業してから僅か八年にしかならない。このことから歯科医師としての業態や社会的地位生活状態も窺い得られるのである。その原告が名誉回復のために、被告郡会に対し金十万円の支払と共に朝日新聞等七紙に別紙謝罪公告の掲載を請求するのである。かゝる請求は名誉回復に藉口して被告郡会に巨額の出費をなさしめると同時に堪え難い屈辱を与え、社会的に面皮を剥がさんとするものであつて、権利の濫用に外ならず、原告が前記の如く北信毎日新聞に投稿して被告郡会の名誉を毀損した事実を勘案比照すれば、不当も甚しいといわざるを得ない。

(4)  原告は被告郡会に対し別紙文案の謝罪公告をせよという給付判決を求めるのである。裁判所が被告郡会に右公告をなすことを命じた場合、公告をするか否かは結局被告郡会の意思決定にかゝることになり、若しかゝる公告をなすことが被告郡会の信条に反すれば、それは意思表明の公表を強制するものであつて、憲法第十九条の良心の自由を侵かすことになる。従つて被告郡会がこれをどのように考えるかゞ問題となる。そこで別紙文案を分析すれば、(い)謝罪公告と表題し、本文に(ろ)高橋氏の正義感にあふれる医道の高揚に尽さんとした誠意ある行動を曲歪したものであつて、(は)故に除名決議は無効であり、(に)かゝる無効な決議をもつて同氏に非難すべき点ありと世間に公表し、名誉を損つたことは(ほ)本会の軽慮の至すところであり(へ)高橋氏に対し深く謝罪の意を表す、の六項からなつている。被告郡会は寧ろ原告から名誉を毀損され、その名誉と信用の保持並びに会務の円満な遂行と会内撹乱の防止上やむを得ず原告を除名したのであつて、毫末も原告の名誉信用を害したなどゝは考えていないのである。従つて被告郡会に右(い)(へ)の謝罪とか謝罪の意を表すなどゝいう文言の公告を命じられたならば、被告郡会の大多数の会員は屈辱を感じ、こぞつて退会し、遂には被告郡会は解散せざるを得ない結果となり、被告郡会にとつては苦役的労苦となるであろう。かくては被告郡会の良心の自由を侵すことを命ずることになり、憲法第十九条に違反するといわざるを得ない。又被告郡会は臨時総会において、出席会員二十七名中十八名の多数がその良心の自由をもつて(A)乃至(D)の原告の行為が定款第十六条第一項第三号、第四号の除名事由に該当するとして除名の議決をしたのであつて、決して原告の行動を曲歪したのではない。しかのみならず、被告郡会は原告の除名に軽慮のそしりがあつてはならないので、昭和三十年四月二十四日の定時総会で、山口会長が特に先になした除名の再確認を求め、出席会員全員が異議なくこれを再確認したのであつて、毛頭軽慮の非難を受ける点はないのである。従つて裁判という国家の権力をもつて、被告郡会に(ろ)の原告の行動を曲歪したとか(に)の本会の軽慮の至すところであるとかの公告を命ずることは訴告郡会の良心の自由を侵すものであつて、憲法第十九条に違反する。

原告は右謝罪公告についても仮執行の宣言を求めている。しかしながら、右謝罪公告をなすことを強制することは、被告郡会の人格を無視し、若しくはその名誉を毀損し、意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することゝなり、強制執行に適さないから、仮執行の宣言も亦許されないというべきである。

第二、被告県会の答弁として、

請求原因一は、原告が被告郡会審議委員会委員長となつたことを否認し、その余は認める。二・三は認める。四は争う。五は被告県会が被告郡会から原告を除名した旨の通知を受けたことを認めるが、被告県会は原告を除名したのではなく、原告が被告県会定款第十五条により被告県会の会員たる資格を喪つたのである。六は被告両会が任意加入団体であることを認めるがその余を否認する。

原告は、被告県会は被告郡会とは独立した別個の法人であるから、被告郡会のなした除名が正当であるか否かを審査して、原告を除名すべきかどうかを決すべきであるのに、かゝる考慮を払わず、漫然被告郡会の除名通知により原告を除名したのは定款に違反し、無効であると主張するが、この主張は被告郡会及び被告県会設立の沿革を知らず、又日歯及び被告両会間の関係を誤解した謬論である。

明治三十九年旧医師会法が制定されて以来、各歯科医師会は独立の法人格を有してはいたが、歯科医師は郡市区歯科医師会の会員となり、郡市区歯科医師会は道府県歯科医師会の会員となり、道府県歯科医師会は日本歯科医師会の会員となる仕組になつており、この三段階が会員によつて串団子のように結ばれていたのである。右旧歯科医師会は昭和二十二年追放団体として解散を命じられて消滅したが、政府及び多数の歯科医師は歯科医師会設立の必要を痛感したので、占領軍司令部の(1) 戦前のような強制設立ではない、社交団体的な和衷協同を本旨とする任意設立任意加入の歯科医師の団体を組織するのは差支ない。(2) 郡市区歯科医師会も道府県歯科医師会も日本歯科医師会も歯科医師個人を会員とすべきであつて、法人を会員としてはならない旨の指示に従い、民法の規定により、社団法人として日本歯科医師会、道府県歯科医師会(以下県会と略称する)及び郡市区歯科医師会(以下郡会と略称する)を設立したが、各会がばらばらでは所期の目的を達成することができないので、互に密接な連絡協調を保つことができる組織をつくることを工夫し、郡会の会員は同時に県会及び日歯の会員となる建前をとり、その一の会の会員ではない者は他の会員になれないことにし、この三種の会の中一又は二を選択して入会することは認めないことにしたのである。被告県会及び被告郡会も右の趣旨によつて設立されたものである。

以上の如くであつて、被告郡会に入会しようとする歯科医師はその入会申込書と共に被告県会及び日歯への入会申込書を提出するを要し、被告郡会がその入会申込を受理すれば、被告県会にその旨を通知すると同時に被告県会及び日歯に対する入会申込書を廻付するが、入会を承認しない場会には被告県会及び日歯に対する入会申込書を送付しないから、被告郡会のみならず、被告県会及び日歯への入会もできないことになる。これと同様被告県会或は日歯から除名され又は会員たる身分を喪つた者については被告郡会に通知があり、被告郡会はその除名事由を審議することなく、定款第十四条の規定の当然の効果としてその歯科医師は会員たる身分を喪うにいたるのである。又被告県会は被告郡会から入会の通知と被告県会及び日歯への入会申込書の送付を受けたときは、その申込を受理すれば、日歯にその旨の通知と日歯への入会申込書を送付するが、その入会を拒否した場合は日歯に対し、同会への入会申込書を送付せず、被告郡会に対し、入会を拒否した旨を通知し、被告郡会は一旦入会せしめた会員を定款第十四条の趣旨により会員の身分を喪わしめる。又被告県会は被告郡会或は日歯から除名或は会員の身分を喪つた旨の通知に接すれば、その理由の適否を審査するまでもなく、定款第十五第の当然の効果としてその歯科医師は被告県会の会員たる身分を喪うのである。日歯の場合も右と同じである。

被告県会定款第十五条は右趣旨の規定であつて、これを原告主張のように解する余地はなく、原告の被告県会に対する請求は失当である。

原告訴訟代理人は

第一、被告郡会の主張に対し、

(イ)二の(a)について

原告は、会員林幸一が金地金統制法違反行為をなしたので、同人を長野地方検察庁岩村田支部に告発したことはある、又昭和二十四年春開催された総会において林の右不正を追求したことはあるが、右金地金統制違反問題が役員会に一任された事実はないし、原告が被告主張の如き投書をした事実もない。原告は右林が昭和二十二年十二月十五日茨城県に常住し、北佐久郡軽井沢町には居住していない子息林鋭吉名義をもつて、軽井沢病院内における歯科医師診療所開設許可申請を長野県知事になし、同人が右病院内で開業している如く装い同人名義で金地金の不正配給を受けていたので、林幸一を告発したのである。又林幸一は昭和二十三年十二月二日右診療所の廃止届と、主任歯科医師を林鋭吉、開設場所を軽井沢町七百五十番地とする歯科医師第二診療所開設許可申請を長野県知事になして診療所開設の許可を受け、次で昭和二十四年六月十四日同知事に対し、右第二診療所の廃止届と同所における林鋭吉名義の診療所開設届をしたが、その間林鋭吉が前記のように茨城県に居住していて右各診療所では診療ができないのに、同人が診療に従事している如く虚偽の広告を北信毎日新聞に十数回に亘つてなす等医療法に違反する行為をして不当に利益を貪つていたが、林幸一が被告郡会の役員であり、北佐久郡歯科医師中の有力者であるため、多数会員はその行動を苦々しく思いながら、同人を糾弾して非行を追求しようとはせず、一方同業者中疎開者や引揚者等資力のない者は生活を脅かされる有様であつたので、原告は林幸一に反省を求めるべく、昭和二十四年春の総会において同人を追求したのである。

(ロ)二の(b)について

被告郡会の主張は事実と異る。

昭和二十三年頃被告郡会では役員が擅に作成した会員業務見立表に基き、患者数の多い者、収入の多い者の順に医療物資を配給していた。そのため業績の挙つている有力者のみに配給がかたより、原告や植木文子等五人の者には全く配給がなかつたので、原告は不当な配給方法を改めさせるため、歯科医師界の大先輩林了の協力を求め、同人の勧告により会の役員等は昭和二十四年一月九日臨時総会を開き、吉池会長が会員に対し前記見立表を発表した上長文の謝罪文を朗読して不正配給を陳謝し、爾後医療物資は管内四地区に公平に割当て、会員は各自現金購入することに改められたのである。その間原告は共産党員を配給方法に容喙せしめたことはない。

(ハ)二の(c)について

林幸一を告発したのは秋山某女であつて原告ではない。右秋山は昭和二十三年頃前記林幸一の治療を受けたが、同人から注射をされて昏睡状態になつている間に、無断で前歯の金冠五・六本を抜取られ、治療代を支払つたのに、林は抜取つた金冠を返還せず、再三請求を受けた末返したものは金冠そのものではなく、何人が見ても金冠を熔解したとは認められない微黄色を帯びた白色の塊だつたので、右秋山は同年十一月岩村田警察署に、金冠を抜取り金でないものを返したと林幸一を告訴したのである。その頃原告は秋山の知人から秋山のため助力してもらいたいと依頼され調査したところ、右事実が明らかとなつたので、その頃開かれた総会の席上、林幸一に右の点を質問した。原告は右の外秋山の事件に関与していない。

(ニ)二の(d)について

被告郡会の主張は事実と異る。昭和二十四年六月頃軽井沢町国保組合の被保険者佐藤備四から、同人の家族に対する前記林鋭吉の治療内容に疑わしい点があるから調査されたい旨の申出が同町国保係になされたので、同町国保運営協議会は右林の説明をきいた上軽井沢町長に対し、同協議会の歯科医代表委員をしていた原告をして、これが調査をなさしめられたい旨を答申し、同町長は原告に右調査を依頼した。そこで原告は右林の昭和二十四年五月より同年十二月までの間の軽井沢町国保組合に対する報酬請求書二百四十六通を調べたところ、百十三件の不当請求を発見した。原告は調査中調査の経過を当時の被告郡会副会長竹内勝時及び理事中島鉱蔵に報告していたのである。そして専任審査員志村彦六・長野県保険課井上事務官も原告の調査の結果を承認し、昭和二十四年十二月二十日限り林鋭吉は軽井沢町国保組合から療養担当者としての協定を解約された。この間同年十一月二十六日被告郡会長桜井関太は軽井沢町国保組合長に対し、診療報酬不当請求事件が発生した由であるが、その担当歯科医師の住所氏名・不適正の事柄・その歯科医師に対する同組合の処置・被告郡会への希望如何と照会し、これに対し、同組合長から林鋭吉の不正不当な報酬請求事実と将来かゝる事件の発生を防止するよう配慮を望む旨の回答がなされ、被告郡会は甚だしく面目を失墜した。右の如き非違により林鋭吉は保険医の資格を喪つたのであるが、日を経るに従い、復活させてはとの声が出るようになつたので、昭和二十五年春頃被告郡会の桜井会長・竹内副会長及び原告等が集まり、右林が真に反省したならば、軽井沢町国保組合の療養担当者に復帰できるより尽力しようということになり、その結果林鋭吉はその頃開かれた総会の席上で会員一同に対し陳謝し、次で軽井沢町役場等を訪ねて謝罪し、同年六月十五日軽井沢町長に誓約書を差入れて再び前記組合の療養担当者となつたのである。

原告の主張する、林幸一の金地金統制違反事件、医療物資の配給問題、秋山某に対する林幸一の治療問題、軽井沢町国保組合に対する診療報酬請求書調査に関する事件の実際は以上の如きものであつて、非はすべて林幸一、林鋭吉、及び当時の被告郡会の役員にあり、原告には何等非難されるべき点はない。又右事件は原告に対する除名事由とは何等関係がない。

三について

被告郡会は厳格な意味で綱紀を乱した者にあたらなくとも会員間の和衷親睦を乱せば、定款第十六条第一項第四号の会の綱紀を乱した者にあたるといゝ、除名事由(B)・(C)・(D)の行為は会員間の和衷親睦を乱し右条項に該当すると主張するが、和衷親睦を右定款の綱紀ということはできない。民法第三十七条が社員たる資格の得喪に関する規定を定款の必要的記載事項としたのは、社員資格を客観的に確定し、公益法人たる社団法人の独立性を確保するためである。社団法人にとつて社員は存立の基礎である。従つて社員資格の得喪に関する規定は厳格に解さなければならない。又除名に関する規定は死刑にも比すべき制裁規定であるから、その適用にあたつては、拡張解釈・類推解釈は許されない。会の綱紀を乱した者との除名事由を会員相互の和衷親睦を乱した者と解するが如きは会の根本規定を会員の恣意によつて曲解し、会の基礎を危うくするものであつて許されるべきでない。若しかゝる解釈が許されるならば、会員の多数が共同で不正を行つてもこれに反対する会員を除名し得ることになり、公益法人設立の趣旨に反すること甚だしい。会員の福祉増進は被告郡会の重要目的であるから、これを妨害する者は綱紀を乱す者にあたるであろう、しかし会員間の親睦を乱すことが直ちに会員の福祉増進を害することにはならない。被告郡会は決して親睦団体ではない。和衷親睦は被告郡会にとつては第二義的な意義を有するにすぎないのである。又仮に会員間の和衷親睦が被告郡会の根本性格であるとしても、和衷親睦は綱紀ではない。従つて親睦を乱しても綱紀を乱したことにはならず、定款第十六条第一項第四号には該当しない。次に原告の投稿により掲載された北信毎日新聞の記事は被告郡会の名誉を毀損し信用を失墜する内容を含んでいない。原告はその前に掲載された北信毎日新聞の記事の誤謬を指摘し、真実を明らかにして、かゝる事件が再び起らないよう協力ありたい旨を申述べたのであつて、被告郡会を非難中傷したのではないから、定款第十六条第一項第三号に該当する筈はない。会員個人を新聞紙上で攻撃したからといつて、被告郡会の名誉信用を傷け、会の体面をけがすことになるものではない。被告郡会は、除名の理由として、右新聞記事は、同業者の業権を萎縮せしめ、一般世人に対し、歯科医師の信用を失墜せしめると共に、疑惑を懐かせ、本会の目的である会員の福祉増進を害したというが、新聞記事は植木文子とこれを庇護する者を攻撃しただけである。植木と同様の方法で、診療行為をする者はたしかに萎縮するであろうが、それが同業会員の業権の萎縮にあたらないことは論を俟たない。又除名理由によれば、岩村田簡易裁判所調停委員会において、植木氏の請求内容が了承されているにも拘らず、その後においてこれを主張し云々とあり、原告が調停成立後に植木文子の請求の不当を主張したのがいけないとしている。しかしながら右調停前被告郡会の会長も被告県会の会長も診療報酬を金五万円とする線を出して植木の請求が不当であることを認めていたのである。調停成立前その不当を主張しても業権の萎縮にならないのに、どうして調停成立後にそれを主張するのが業権の萎縮となるのかそのような結論はどうしても出て来ない。

右医療費請求問題は新聞紙上を大々的に賑わした。かゝる事件を惹起した植木文子こそ、被告郡会の体面をけがしたものというべきであるのに、同人は引続き被告郡会の会員の身分を有し、かゝるいまわしい事件が再び起らないようにと努力した原告を被告郡会は除名して恥じないのである。原告はかゝる不当な除名を甘受することはできない。

被告郡会は日歯の徳義規程を援用するが、右規定は原告の除名を決議した総会では全然とり上げていない。後になつてそれを除名を正当ならしめる資料とすることには承服できない。然も原告は右規程に背くような行為をしたことはないのである。

次に被告郡会は、定款に規定がないので会員の戒告はできないと主張するが、誤りである。戒告は会員匡正の方法であり、定款第四条の目的に含まれ、当然なし得るのである。かつて被告郡会は植木文子を戒告したことがあり、原告は右戒告文の起草に関与した程であるから、このことをもつても原告が戒告を否定するものでないことは明らかであろう。除名は社団法人の会員にとつては死刑に比すべき処分であるから、被告郡会は原告に非ありと思料したならば、すべからくこれを指摘し匡正の方法を講ずべきである。それを何の警告もなさず、突如除名をもつて臨んだのは不当も甚だしい。

四について

定款第十六条第一項の総会が定時総会を指すことは、第四十五条・第四十六条からも看取される。即ち第四十五条は寄附された金品で使途をきめられていないものは総会に諮つてきめる旨を定めているが、その使用方法は第三十二条第二号の予算として定時総会の議決を経なければならないから第四十五条の総会は定時総会である。第四十六条の予備金の設定及びその使途の決定も同様である。従つて被告郡会の第三十二条第九号についての解釈は誤りである。総会が社団のすべての業務につき最高の意思を決定する機関であることは民法第六十三条の定めるところである。第三十二条第一号より第八号をあげただけでは、その他は定時総会に附議することができなくなると誤解される虞は全くない。

五について

被告郡会がいかに多数決によつて、会員の除名決議をしても、除名の理由とされた事実が、定款所定の除名事由に該当しないことが明白な場合に裁判の対象とならないいわれはない。それは定款所定の除名事由以外の事由によつて除名した場合も、定款所定の除名事由にあたらない事実を曲げて除名事由にあたるとこじつけて除名した場合も同じである。被告郡会は除名事由にあたらない事実をあたる如くこじつけて原告を除名したのであり、裁判所の審判の対象となることは勿論である。被告郡会のいう如く、除名事由にあたるか否かを裁判所が審判し得ないとすれば、如何なる事柄でも、除名事由に該当すると決議さえすれば、自由に社員の資格を奪い得ることになり、民法が社員たる資格の得喪を定款の必要的記載事項とした立法の精神は全く蹂躪される結果となる。

七について

(1)の被告郡会の主張に従えば、法人は社員に対し如何に不法な行為をしても、責任はないという非常識な結果となる。被告郡会は、別紙文案の謝罪公告は、被告郡会の体面をけがすものであるというが、被告郡会の除名及びその公表により傷けられた原告の名誉を回復することが、不法な行為を敢てした被告郡会の体面の保護よりもはるかに正義に合致することはいうまでもない。

(2)の名誉に関する議論はそのまゝ被告郡会自身にいゝきかせるべきものである。原告の正義心を理解し得ず、原告を嫌悪する二・三の会員の言辞にあやつられて不法不当な除名をした被告郡会こそ、倫理道義の基盤から外れたものというべきである。

(3)については、除名の事実は報道機関により報道され、かつ関係の諸官庁に通如され、原告の名誉は著しく毀損された。その名誉を回復するにつき、被告郡会のなすべき適当な処置は原告の除名が違法である事実を長野県下一円に周知撤底せしめることである。原告はそのため除名が違法であることを(い)最も広く流布されている朝日・毎日・読売の三紙によつて周知せしめ、(ろ)除名の記事を掲載した信濃毎日・北信毎日・信濃衛生の三紙に公告し、(は)原告の居住地で発行されている軽井沢タイムズに公告して附近の人々の誤解を解かんとするのであつて、原告の請求する謝罪公告は勿論正当である。又原告が除名されたことにより蒙つた精神的損害は金銭をもつて償いきれるものではない。僅か十万円の請求が過大に失するとは暴論も甚だしい。

(4)の憲法違反の主張は失当である。謝罪公告をなすべきことを命ずる判決は原告が被告郡会の会員であること(除名が無効であること)の確認の判決と共になされるのである。換言すれば除名が無効であるから、謝罪公告をなすことを命じられるのである。被告郡会は国家が無効であると認めた除名を敢てしたことにつき、謝罪すべきであり、陳謝の意を公表することにより原告の名誉を回復するのは当然である。会員の良心がそれを許さないというが如きは自ら良心の欠除を告白するに等しい。しかし会員が全く良心を欠除しているとは考えられず、裁判所の判決があればそれに従い、謝罪公告をなすものと信ずる。被告郡会は別紙文案の公告をなすことは被告郡会に苦役的労苦を負わせるものであるというが、苦痛は自己の行為の不当性の自覚に伴うものである。この苦痛から解放される手段は、その不当性の告白による外はない。その告白が謝罪公告なのである。しかして原告の求める謝罪公告は、被告郡会が原告を除名した事実を客観的に表示した上、除名が正当な理由によらなかつたことを述べ、除名が無効であり、原告が会員の身分を有することを明らかにして被告郡会の採つた処置が不当であつたことを告白するにすぎない。かゝる謝罪公告を新聞紙に掲載すべきことを命ずる判決が何等良心の自由を侵害するものではなく、民事訴訟法第七百三十三条の代替執行の許される場合にあたる。そして謝罪公告を求める訴が財産権に関する訴であり、給付訴訟であるから、仮執行の宣言を附し得ることはいうまでもない。

と陳述し、

第二、被告県会の主張に対し、

被告県会が、郡会・県会・日歯と一貫した形を採ることが望ましいと考えていることはその主張自体から窺うことができるが、それは単なる希望にすぎず、実際の組織がそうなつているわけではない。又被告郡会の会員は同時に被告県会及び日歯の会員でなければならないものではないし、一の会から除名されゝば他の会の会員たる身分を喪うものでもないことは、被告郡会定款第十四条をみれば明らかである。第十四条は都道府県の歯科医師会で除名されたり、身分を喪つた者は、本会の会員の身分を喪うと規定するが、日歯の身分との関連については何等定めていない。従つて被告県会の会員が日歯から除名されても、被告郡会は会員たる身分を喪わせることはできないのである。原告の主張の要旨は、(1) 被告郡会の除名は実質的にも形式的にも無効であり、原告は依然被告郡会の会員たる身分を有するから、被告県会定款第十五条を適用する余地がない。(2) 被告県会はその法人格の自主性を確保するため、定款第十五条を適用するにあたつては、被告郡会の除名が正当か否かを審査すべきであるにも拘らず、何等の審査をしなかつたのは違法であるというにある。(1) の被告郡会の除名が無効である点については既に詳論したので(2) について被告の主張を反論する。成程日歯の定款第十三条は他の歯科医師会の会員たる身分を喪つた者は日歯の会員たる身分を喪う旨を規定しているが、右条項は決して無条件に適用されるのではない。日歯定款第五十三条は「本会に委員会を置くことができる。……委員会の種類・構成及び任務その他必要な事柄は定款規範できめる」とあり、日歯委員会規程は第二条第四号で裁定委員会を置くと定め、第三条第一号で「裁定委員会は定款第十三条から第十五条に関する事項を審議する」旨を定めている。即ち日歯は定款第十三条の適用については裁定委員会の審議を経ることにしているのであつて、正に原告の指摘するとおり郡会や県会の会員たる身分を喪つたという一事で、直ちに日歯の会員たる身分を喪わしめることなく、裁定委員会においてこれを検討し、郡会や県会のなした除名等が不当な場合には会員の身分を喪わせない処置を採ることにしているのである。被告県会も日歯と同様被告郡会のなした除名の当不当を審査すべきであり、かくしてこそ法人の自主性は保たれるのである。

と陳述した。

証拠

原告訴訟代理人は甲第一乃至第四、第六・第七、第九乃至第十六、第十八・第二十・第二十一・第二十三・第三十乃至第三十二、第三十五乃至第三十九、第四十一・第四十二・第四十四号証、同第五・第八・第十七・第二十六・第二十八・第三十三・第三十四・第四十・第四十三号証の各一・二、同第十九・第二十四・第二十七・第二十九・第四十六号証の各一乃至三、同第四十五号証の一乃至四、第二十五号証の一乃至五、第二十二号証の一乃至七を提出し、証人土屋孝(第一・二回)同土屋今朝巳、同竹内勝時、同原四十、同遠藤富次郎、同佐藤一二、の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第五号証、同第十二号証の一・二は不知、爾余の乙号各証の成立を認めると述べた。

被告等訴訟代理人は、乙第一乃至第八、第十・第十一・第十五号証、同第九・第十二・第十三号証の各一・二、同第十四号証の一乃至三を提出し、証人中島鉱蔵、同岩崎貞彦、同植木文子、同林鋭吉、同竹内勝時、同土屋今朝巳、同土屋孫市、同新保宗助、同原田八郎、同土屋暹、同中島寅之助、同林幸一、同鹿島俊雄の各証言及び被告郡会代表者山口春蔵、被告県会代表者鈴木義三郎各本人尋問の結果を援用し、甲第一乃至第五、第八乃至第十二、第十四乃至第十七、第二十二・第二十三・第二十五・第三十一乃至第三十五、第三十七・第三十九、第四十四号証(第八・第十七・第三十三・第三十四号証は各一・二共、第二十二号証は一乃至七、第二十五号証は一乃至五全部につき)同第二十四・第二十八・第四十六号証の各一、同第四十五号証の三の成立及び同第十三・第十八・第二十一・第三十八号証、同第二十六号証の一・二、同第四十五号証の四、同第四十六号証の二・三の原本の存在並びに成立を認める。爾余の甲号各証は第十九・第四十・第四十三号証の各一の郵便局作成部分の成立のみを認め、その他は全部不知(第三十・第三十六・第四十一・第四十二号証は原本の存在成立も不知)と述べ、甲第十二号証・同第四十五号証の三を援用した。

理由

原告が歯科医師であつて、昭和二十二年八月以来長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉三千百六十五番地で開業し、開業と同時に被告両会に入会したこと、被告郡会は北佐久郡内の歯科医師をもつて組織され、被告県会は長野県内の郡市区の歯科医師会の会員をもつて組織され、いずれも医道の高揚・歯科医学医術の進歩発達と公衆衛生の普及向上を図り、予防医学の完成に努力し、社会並びに会員の福祉を増進することを目的として設立された任意加入の団体であること、被告郡会が昭和二十九年十月二十四日岩村田町(現在浅間町)の教育会館で開催された臨時総会で「原告は(A)昭和二十九年八月十日附北信毎日新聞に、署名入りで、歯科医療費不当請求問題について、と題する記事を掲載せしめたが、これは会員の業権を萎縮せしめ、一般世間に対し疑惑を懐かせ、歯科医師の信用を失墜し、会員の福祉の増進を目的とする本会設立の趣旨に反するものである。(B)同年四月十一日開催された定時総会において、軽井沢地区会員の総意を確かめずに動議を提出し、同地区の会員中島鉱蔵を同地区より離脱させたのは、原告個人の意見で会員の離合集散を企てた不都合な行為である。(C)昭和二十五年秋頃役員会にも総会にも上程せず、会の意思とは関係なく、単独で会員の岩崎貞彦に対し、歯科一般と掲記した同人の看板は医療法に違反するから直ちに改めるべき旨注意し、然も一方では他の同業者の同種の広告に対し何等の処置も講じないという不可解不明朗な行動に出た。(D)会の専務理事岩崎貞彦が会員植木文子の医療費請求事件に関連して専務理事を辞する旨の辞表を提出したのに対し、昭和二十九年九月頃右岩崎に私信を送り、その文中に、辞表を撤回される方よろしきことゝ存ずる、万一御返事なき節は万事休すと存じ、ために如何なる結果を招来するやも知れ申さず、と会員相互の文通内容として甚だ不穏当な文言を記載し、右岩崎を脅迫した。」との理由で、定款第十六条第一項第三号・第四号を適用して原告を除名する決議をし、被告郡会長竹内勝時が職務の執行として、同日原告に対し、右決議を通告して原告を除名し、昭和二十九年十一月六日附文書をもつて、被告県会に原告を除名した旨を通知し、被告県会は右通知に基き、同会定款第十五条を適用して原告を会員の身分を喪失したものとしたこと(原告は被告県会が除名した…………原告の会員たる身分を喪失させた…………と主張し、被告県会は右第十五条により、当然会員たる身分が消滅したのであると主張し、この点争があるが、)は当事者間に争がない。そして成立に争のない乙第一号証によれば、右除名決議の投票の内訳は、除名を可とするもの十八・否とするもの四・棄権三であつたことが認められる。

第一、被告郡会は、原告の行為が定款の除名事由に該当するか否かは、被告郡会の自由に決定すべきものであつて、裁判所の審判の対象となるべきものではないと主張する。

被告郡会定款(前掲乙第一号証)によれば、被告郡会は昭和十七年勅令第六三四号、歯科医師会令により設立された歯科医師会とは異り、会員の加入脱退を任意とする同業者の団体であつて、入会には被告郡会の承諾を要すること及び会の体面をけがした者・会の綱紀を乱した者その他三項目を除名事由としていることは被告郡会主張のとおりである。被告郡会は任意加入の団体であるから、強制加入制度を採る弁護士会等の場合と異り、会員を除名されても、歯科医の業務に従事し得るのではあるが、除名はたとえ被告郡会主張の如く、会から出て行つてもらいたいという趣旨のものであるとしても、会員としての身分を剥奪するものである。そして定款第三条に明らかな如く、被告郡会は、医道の高揚・歯科医術医学の進歩発達と公衆衛生の普及向上を図り、予防医学の完成に努力し、社命並びに会員の福祉を増進することを目的とする社団法人であつて、単なる親睦団体ではなく、かつ定款第十六条第一項によれば除名は、業務上不正の行為があつた者、歯科医師としての職務をけがした者、会の体面をけがした者、会の綱紀を乱した者、会員たる義務を怠つた者に対してなされるので、制裁としての性質を有するものといえるから、除名は除名された会員の名誉・信用及び利害に影響するところ尽大である。このことは定款第四条・第十六条第二項(第四条は、被告郡会の行う事業として、(一)医道高揚に関する事柄、(二)歯科医学に関する科学と医術との進歩発達に関する事柄、(三)歯科医事衛生の研究と調査に関する事柄、(四)歯科医学教育の研究と整備に関する事柄、(五)公衆衛生の普及と予防医学の研究と指導に関する事柄、(六)歯科医師補習教育に関する事柄、(七)歯科資材の改良研究と検定審査に関する事柄、(八)会員の福祉及び歯科医業の合理化に関する事柄等を掲げ、第十六条第二項は、会員を除名したときには、その氏名及び事由の概要を主務官庁及び会員に通知する旨を規定する、)及び被告郡会から除名された者は後述の如く、被告県会と日歯の会員たる身分を喪う結果を招来すること並びに原告本人尋問の結果・被告郡会・被告県会代表者各本人尋問の結果と弁論の全趣旨により認め得る、北佐久郡(小諸市を含めて)には被告郡会の外に歯科医師の団体は存せず、同郡下の歯科医師は全員被告郡会に加入している事実等に徴して明らかである。従つて被告郡会の会員に対する統制は被告郡会の団体自治に属することではあるが、統制就中除名は(会員の名誉・信尽及び利害に重大な関係を有し、裁判所の最終的判断を排除することはできないものというべきであり、除名理由の有無並びに除名の当否は裁判所の審判の対象となるものと解すべきであるから、被告郡会の右主張は採用しない。

第二、原告は、被告郡会定款第十六条第一項は、会員にして左の各号に該当するものは総会の議決を経て除名することができると規定するが、社団法人の最も重要な要素である社員の除名決議は定款第三十二条第一項第九号のその他重要な事柄に該当するから、定時総会でなければ除名決議をなし得ないのである。従つて被告郡会が臨時総会の決議によつて原告を除名したのは定款に違反すると主張するので、この点を検討する。

定款第二十九条は「総会を定時総会と臨時総会とに分ける。定時総会は毎年一回会長が招集する。臨時総会は会長が必要と認めた場合に招集する。」と規定するところ、会計年度は毎年四月一日から始まり、翌年三月三十一日に終るとする第四十二条の規定及び被告代表者本人尋問の結果により成立を認め得る乙第五号証に徴すれば、定時総会は民法第六十条の通常総会に該当し、毎年一回会計年度の始に招集されることが認められる。そうすれば、旧会計年度の決算及び新会計年度の予算は勿論、予算にともなう会費及び負担金額の決定、その他会計年度や予算と密接に関係し或は予め立案計画を練つて附議するを相当とする、重要財産の管理処分・借入金・基本金に関する事柄、継続事業の設定、定款の変更等は性質上定時総会において審議するのが適当といえる。被告郡会が定款第三十二条第一項でこれ等を定時総会の決議を要する事柄としたのはかゝる理由によるものと解し得られ、定款を通読しても、特に定時総会と臨時総会との間に軽重の差を設け、後者に重要な事柄を附議することを禁じたとは考えられない。又その処理を定時総会まで持てず、かつ第二十一条による会長の応急処分に適しないような重要な事柄が発生した場合を考えても、臨時総会が重要な事柄につき決議することを得ないとする解釈は採り得ないのである。従つて第三十二条第一項第九号は前各号とは趣を異にし、その他重要な事柄を定時総会の附議事項とすることを明らかにしたに止まり、重要な事柄はすべて定時総会において決議すべきことを定めたものと解すべきではなく、第十六条その他で総会の附議事項とされたものは定時総会及び臨時総会のいずれで決議してもよい趣旨に解すべきである。そうとすれば、第十六条第一項の社員の除名決議は、臨時総会においてなし得べく、従つて、昭和二十九年十月二十四日の臨時総会でなした原告の除名決議は手続上定款に違反しない。

第三、被告郡会は「原告は(a)昭和二十二・三年頃会員林幸一に医療法並びに金地金統制令違反の行為があるとして告発し、又昭和二十三年一月頃開催の被告郡会総会において、右違反問題の処理を役員会に一任する旨の決議がなされたにも拘らず、殊更高原新聞に投書して同年四月八日附同新聞に、北佐久郡歯科医師会の不正暴露さる、との記事を掲載せしめ、更に長野県知事にも右林に不正ありと投書し、(b)被告郡会においては従来の実績・患者の数により配給すべき旨の総会の決議に基き、医療物資である金地金の配給をしていたが、昭和二十三年頃右は原告等引揚者を無視する不当な配給方法であるとして総会において会の役員を追求し、或は共産党員をして被告郡会の会務である金地金の配給方法に容喙せしめ、(c)脳梅毒を患い、精神異常者である秋山某の言をとり上げ、昭和二十三年頃会員林幸一が不正な継歯治療をして右秋山の健康を害したと右林を告発し、(d)軽井沢町国保運営協議会委員をしていた昭和二十三年中被告郡会に諮らずに、既に審査が終了した会員の報酬請求書を軽井沢町国保組合から持出して自宅で調査し、会員林鋭告の請求書に不正不当のものがあると断定し、長野県国保団体連合会審査委員会に右請求書を再調査せしめ、又長野県社会部保険課に対し、林鋭吉の請求は不当であると申出る等、被告郡会の体面をけがし、綱紀をびん乱し、会員を中傷してその離間を策し、会を破壊するような言動をなして反省せず、重ねて前記(A)乃至(D)の行為をしたのでやむなく、被告郡会は原告を除名したのである。」と主張し、原告は右(a)乃至(d)については事実摘示中被告郡会の主張に対しと題する項掲記の如く主張し、(A)乃至(D)については事実摘示中請求原因四掲記の如く主張する。

一、そこで先ずその事実関係を明らかにする。

(イ)、(A)及び(D)について、

成立に争のない甲第九乃至第十二号証、同第三十一・第三十二号証、同第三十三・第三十四号証の各一・二乙第九号証の一・二、同第十号証、原本の存在並びに成立に争のない甲第十八・第二十一号証、同第二十六号証の一・二、証人土屋今朝巳の証言により原本の存在並びに成立を認め得る甲第二十七号証の二、証人新保宗助の証言により原本の存在並びに成立を認め得る甲第二十七号証の一・三、証人中島寅之助の証言により成立を認め得る甲第六号証と証人土屋孝(第一回)同土屋今朝巳、同新保宗助、同植木文子、同岩崎貞彦、同中島鉱蔵、同竹内勝時の各証言、原告本人尋問の結果、被告郡会代表者本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二十八年八月十四日夜、北佐久郡軽井沢町居住の荷馬専業土屋和之が同業の堀込重則に殴られて前歯上下七本を折られ、同夜同町の歯科医師植木文子より治療を受けたが、同月十六日頃土屋実法と土屋今朝巳の斡旋により、重則の父と右実法の両名が保証人となつて右重則との間に、生涯使用できるような丈夫な義歯を入れ、その治療費は全部重則が負担する旨の示談が成立し、示談書(甲第二十七号証の二の原本)が作成されたので、和之は植木文子に右示談書を示し、金額のことは問わないから、一生涯使えるような丈夫な歯を入れてもらいたいと依頼し、同年十月頃迄通院して右植木から治療並びに架工義歯の調整をしてもらい、植木は同年十一月三十日和之に対し抜歯並びに治療代上下架工義歯調整代として金六万九千六百七十円を請求したところ、土屋和之、堀込重則等はその意外に高額なのに驚き、植木文子に明細書を書いてもらいたいと要求し、同人より治療代金四千四百七十円・仮上架工義歯(サンプラ六本)金三千七百円・上架工義歯(金八本)金三万七千円・下架工義歯(金六本)金二万四千五百円と記載した請求書を受取つたが、納得せず、更に植木から詳細な説明を受けることになつた。一方軽井沢警察署は右植木が土屋和之に請求書どおりの金冠を入れていない旨の届出があつたことから、同人に詐欺の疑があるとして捜査を始め、原告に対し昭和二十九年一月二十一日頃土屋和之の口中に調整された架工義歯の種類・見積金額等の調査を依頼し、原告は歯科医師林鋭吉立会の下に、右和之の義歯を調べて同月二十三日軽井沢警察署長に「(一)上顎前歯部金冠支台固定架工義歯(1) 支台金冠四歯(2) 合成樹脂製介在歯四歯、(二)下顎前歯部金冠支合固定架工義歯(1) 支台金冠三歯(2) 合成樹脂製介在歯三歯、上下合計支台金冠七歯・合成樹脂歯七歯、介在歯維持装置に用いた金属を金製品とみなし、昭和二十八年頃の料金にて算出し、(一)の合計金一万七千円(二)の合計金一万三千五百円、外に上顎仮設固定架工義歯金三千七百円(受療者土屋和之の説明により算出)以上見積金額総計金三万四千二百円。但し治療料金はその内容不明のため、算出できない旨の答申書を提出した。軽井沢警察署は捜査の結果、義歯十四本全部に金を使用していることが判明したので、植木文子に詐欺の容疑なしとして立件しないことにしたが、たまたま前述の如く植木が土屋和之等に義歯調整の説明をすることになつていたので、それを右警察署できくことにし、同年二月十四日頃植木文子・土屋和之・同人の父・土屋実法・原告・林鋭吉及び歯科医師中島鉱蔵が同署に集まり、主として原告と植木との間で質疑応答が交されたが、それは原告が不必要な施術をしている、維持装置の質に疑がある、請求書の内容が杜撰である、請求額が不当に高額であると植木を追求詰問したのに対し、植木は正当である旨を主張し、二・三反論を試みたけれども、原告の糺問的態度も原因して納得のいく説明をなし得ず、土屋和之等は両名の押問答を傍観しているにすぎなかつた。原告は軽井沢警察署の前記処置を不満とし、林鋭吉と連名で、同年二月二十七日同警察署長に対し植木文子の説明を正当と認めるのなら、原告に鑑定を依頼する必要がなかつたのではないか、又原告の答申書の真実性を疑われたものと思われるが如何、右植木の請求の内容を正当と認めた根拠如何と質問書を提出したが、同署長の回答を得られなかつた。この間堀込重則は土屋和之に対する傷害事件につき、岩村田簡易裁判所において罰金二千円に処せられた。土屋和之は植木文子から前記診療費の請求を受けていたが、堀込重則が前記示談契約を履行しようとしないので、昭和二十九年二月二十日右堀込及び土屋実法を相手方として、岩村田簡易裁判所に、その支払を求める民事調停の申立をした。上田市において発行の北信毎日新聞はこの事件をとり上げ、同年二月二十日附紙上で「倍額料金七万円を請求、不徳義な歯科医師傷害事件の弱点につけこむ」の見出しで、傷害事件の弱点につけこみ、義歯代金七万円、普通料金の倍額を請求した不徳義極まりなき歯科医師のあることが暴露し、軽井沢署は悪質医師を詐欺容疑として取調べる一方歯科医師会は医師会の信用と権威を失墜するものとして断呼たる態度に出るべく協議を進めているとの書き出しで、植木文子が土屋和之の治療並びに義歯代金として金六万九千六百七十円という莫大な医療費を請求し、加害者の要求に対しては不誠意な明細書を届けて来た。罰金刑に処せられた上、莫大な医療費の請求に憤慨した加害者側は警察の判定を受けることになり、土屋和之は原告及び林鋭吉の鑑定評価を受け、その結果は金冠義歯七本で、植木の請求書の金十四本とは全く異なり、又架工技術費その他においても協定価格を遥かにオーバーする非人格的な行為があることが認められ、正当料金は約金三万四千二百円と認められた。軽井沢署は二月五日植木医師を詐欺容疑で取調べたが、請求書の書方に不備があつたとの理由で、この不正と思われる植木医師の請求金額は暗に是認されたのであつた。と報道し、終りに原告の談として、患者の弱点につけこんで倍額と思われる料金を請求するが如きは医師にあるまじき行為である。更に健全な歯を七本も抜髄し、然も患者が国保関係を問うたにも拘らず、外傷だから国保では扱えぬと断つている等全く金取り主義といゝ得よう、と掲載し、次で同年三月三日発行の紙上で「ますますこじれ出す軽井沢の不徳義歯科医師問題」の見出しで、被害者は加害者に対し、示談契約書に基き、岩村田簡裁に金銭支払の申出をした。軽井沢署は植木文子の治療内容と請求金額に詐欺容疑ありとして被害者の治療後の技工等につき原告及び林鋭吉をして見積答申書を作成せしめた。これによると治療代金は植木氏の請求額に比し約半額のひらきがある。然るにその後警察署はこの答申を無視して植木氏の請求額を是認した形となつている。一方軽井沢署の依頼により判定答申書を提出したに拘らず一蹴された感のある原告と林両医師は二十七日軽井沢署長に質問書を提出、書面回答を要求したが、文書回答は出来かねると断わられたようである。旨の記事を掲載し、前記原告提出の答申書の全文と、前記原告と林鋭吉連名の軽井沢署長宛質問書の要旨を掲げた。被告郡会役員会は(一)植木文子が土屋和之に対し、治療及び補綴を実施するに当り、診療報酬額、使用材料・義歯設計等につき、当事者双方に諒解を求めなかつたことが、紛糾の原因をなし、(二)かつ同人は被告郡会内規の「補綴は印象採得のとき半額を領収する」にも違反した。(三)又国保にて診療可能である傷病あるに拘らず、これを拒否したのは療養担当規程に牴触する、(四)本件は傷害事件に関連した診療行為故特に良識をもつて慎重に処理することが要請される処であるが、同人にはそれがなかつた、(五)同人の関係した一連の事件が同業会員の社会的信用並びに権威を失墜させ、その責任は重大である。との理由で、昭和二十九年三月二十九日右植木を戒告した。その後同年五月頃開かれた被告郡会の総会の際、原告が被告県会長鈴木義三郎に対して右植木の請求が不当であると申出で、その処理方針について質問したことから、右鈴木会長は原告と植木の間を調整することになり、同年六月十七日北佐久郡軽井沢町星野温泉へ被告県会代議員関勇春と共に赴き、同所に原告と植木及び被告郡会の役員等を集め、加害者側を代表して出席した土屋孝、被害者側を代表して出席した土屋今朝巳から事件の経過及び植木文子請求の診療報酬についての意見等をきゝ、原告と植木から診療内容報酬額についての説明見解を徴し、役員等と協議を重ねた上、「植木の請求額を承認する。加害者堀込重則は植木に金五万円支払う。後は被害者土屋和之が植木に謝礼として包金をする。」との示談案を作成し、役員等に示してその賛成を得、原告と植木も右により示談解決することを了承した。そこで鈴木会長はこの結果を被告郡会専務理事岩崎貞彦をして記録せしめた。そして右包金は被害者土屋和之が謝礼の趣旨をもつて、植木に支払うものであつて、その額は和之の自由意思により決定すべきものであるとするのが、鈴木会長の構想であり、右役員等の諒解したところであるが、その趣旨が原告と植木に徹底せず、植木は自己の請求額全部が承認されたものとして、土屋和之に対し全額の支払請求をなし、原告は金五万円に打切られたものとし、植木の右請求を不当として鈴木会長に抗議し、被告郡会専務理事岩崎貞彦が星野温泉で記録した前記文書を否定する旨の書面を鈴木会長に発する一方、被告郡会に対し、星野温泉における示談を破棄する旨を通告した。そのため、右医療問題は再び紛糾状態におち入り、前記調停事件にも影響を及ぼし、同事件は同年七月二十八日、堀込重則は前記医療費金六万九千六百七十円(内金四千四百七十円は土屋和之の健康保険にて負担)の内金三万二千六百円の支払義務あることを承認し、昭和二十九年八月十日支払うこと、土屋和之は堀込重則に対し、残金三万七千六十円の支払請求をしない。等の条項で成立するに至つた。前記北信毎日新聞は昭和二十九年八月三日附の紙上で右調停の結果を、去る二十八日の調停を最後として治療費五万円を事件当事者において支払うことが成立し、過去一切の問題を水に流し、円満に解決した。と報道した。右記事を読んだ原告は同新聞社に対し、歯科医療費不当問題に就いてと題し、八月三日の軽井沢歯科医療費問題の結末記事中、支払額五万円とあるが、これは岩村田簡裁調停委員会において、請求金額六万九千六百七十円を加被相互において各半額負担し、主治医に支払うことに決定したのであると冒頭し、この件は主治医の請求方法が不当であり、請求額が不当に高額である点が問題となり、警察の調査となり、本県歯科医師会長の出馬となり、結局県歯科医師会長の折衷案として五万円と決定し、主治医もこれを承諾したのであるが、その直後主治医は被害者に全額を請求しはじめたので紛糾を生ずるにいたつたのである。歯科医師会の決定額は小生調停委員会に連絡しておいたのであるが、飯島氏が調停委員会に出頭し、全額支払を強調し、これが採用されたのである。一方歯科医師会は五万円と打出しておきながら、暗に全額請求に同調しているような傾向が顕著であり、この点不明朗なものが存する。こゝにおいて社会的の問題として懸念されることは、医師の不当に高額の請求が徳義観念を無視して公然と行われるならば、国民の健康上由々しい結果を招来するということである。医師の特権を利用し、不当の利を貪らんとすることは断じて容赦すべきでないと信ずる。不当に高額というのは(一)料金が一般の殆んど倍額であること(二)過剰診療により不要の技工を行い、その額が一般の二倍半に達していること。不当の請求方法というのは(一)受診者側に予め設計並びに料金について承諾を得なかつたこと(二)国保診療可能の分を拒否し、一般料金によつたこと(三)医師会決定額を無視し全額を請求したこと。一昨年来起つた問題を綜合考察するに、かくの如き行為は社会悪であるとの結論に達した。これを庇護することは社会悪を助長せしめるものであり、これ等の人々もかゝる傾向を有するものと考えられる。社会人の立場よりかゝる悪例を根絶せしめ、該当者に反省と革新を求めんとするものである。貴紙不肖の意を諒とせられるならば、詳細調査の上、公明正大な輿論を換起されんことを望んでやまない。との書信を送り、右書信は同月十日附の同紙に原告名をもつて全文掲載された。岩崎貞彦は前記星野温泉における鈴木会長の斡旋の結果を記録した文書の末尾に、これを公文書となすため中島鉱蔵氏に署名捺印を依頼すと記入し、被告郡会員中島鉱蔵と前記関勇春が署名捺印(中島は拇印)したが、原告は同月十日頃開催された役員会の席上右文書を否定することを要求し、被告郡会監事山浦安夫・同土屋勝から、右が公文書でないことを認める旨の返答を得た。岩崎貞彦は原告が右文書を否定し、怪文書であると誹謗する書翰を鈴木会長に発したことを知り、専務理事の辞表を会長竹内勝時に提出した。右竹内は岩崎が原告との関係で辞表を提出したものなので、原告に対し、岩崎と懇談して辞表を撤回するよう勧告してくれと依頼し、原告は同年九月十四日岩崎に対し、専務理事の辞表を提出されしとのこと不穏当のことゝ存ずる。かゝることのなきようにとの愚考から例の文を否定したもので、公文書に非ずと決定すれば、事は納まるものである。会の将来のため、各関係者のため、辞表を撤回される方よろしきことゝ存ずる。御返事下されたく、万一御返事なき節は万事休すと存じ、ために如何なる結果を招来するやも知れ申さず、念のため申添える。旨の書面を送つた。以上の事実が認められる。右認定に反する証人植木文子の証言及び原告本人尋問の結果は措信しない。

(ロ)、(B)について、

証人竹内勝時、同中島鉱蔵、同原四十、同原田八郎の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は軽井沢町国保運営協議会委員をしていたが、植木文子等同町内の療養担当者である歯科医師及び軽井沢町長の依頼により、昭和二十七年十月頃から、療養担当者が同町に提出した昭和二十六年一月以降同年十二月までの国保報酬請求書を調査したところ、右植木の請求書に他組合加入の被保険者に治療をなしたもの等相当数の誤りを発見してこれを被告郡会に報告すると共に長野県国保団体連合会にも連絡し、右連合会審査員はこれにつき調査をし、被告郡会役員は昭和二十八年十一月の役員会においてこの問題の処理につき協議し、植木文子に注意を与えたが、右役員会の席上、原告の強硬意見に対し、中島鉱蔵が植木を庇護するような態度を採つたことから両者の間で激しい口論がなされた。その後右中島は岩崎貞彦の忠告に従い翌年四月の定時総会の席上で原告に陳謝したが、原告はその頃勃発していた前記植木文子の医療費請求事件につき中島が前述の如く軽井沢警察署に植木と共に出頭する等植木に加担する如き態度に出ていたのを不快とし、同人を軽井沢地区(被告郡会は北佐久郡を軽井沢地区等四地区に分け、各地区はその地域内に居住する会員をもつて構成していた。)より離脱せしめることを右総会に提案し、総会はこれを役員会に一任し、役員会は同人を同地区より離脱させて専務理事の直属とする決議をし、中島もこれを承諾した。以上の事実が認められる。そして前掲甲第三号証、成立に争のない同第二十八号証の一、原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第二十八号証の二に証人原田八郎の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、右報酬請求書の調査は従来兎角報酬請求書に過誤があつたところから、原告及び中島鉱蔵等軽井沢町居住の療養担当者中有志の者が相談の結果、提出済の請求書を調査して報酬請求の適正化をはかろうということになり、これを原告に依頼して行われたものであること、原告は軽井沢町役場保険係員をして療養担当者全員の請求書を自宅に持参せしめて調査したこと。原告は調査を始めてから後、昭和二十七年十一月に軽井沢町長佐藤恒雄に要求して同人から報酬請求書の調査を依頼する旨の同年十月一日附依頼書の交付を受けたが、右調査は国民健康保険法所定の審査ではないことが認められる。

(ハ)、(C)について、

証人岩崎貞彦の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告郡会員岩崎貞彦は「歯科一般」の看板を掲げていたが、昭和二十五年頃原告は同人方を訪れた際同人に対し、右看板は医療法に違反するから直すようにと注意したこと及び同種の看板を掲げていた他の会員に対して原告は右の如き注意をしなかつたことが認められる。

(ニ)、(a)について、

成立に争のない甲第二十二号証の一乃至七、乙第八号証、証人林幸一の証言により成立を認め得る乙第十二号証の一・二と証人林幸一、同竹内勝時、同原四十の証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告郡会の会員林鋭吉は長野県知事に対し、昭和二十二年十二月十五日附で北佐久郡軽井沢町軽井沢病院内に診療所開設の許可申請をし、開設の準備をしたが、同病院長より設置を断わられたので、同町七百五十番地で開設することにし、同県知事に対し昭和二十三年十二月二日附で、右軽井沢病院内の診療所廃止届と、右七百五十番地に診療所を開設することの許可申請をし、同月十四日附で右診療所開始届をした。右鋭吉の父歯科医師林幸一は同年一月末頃茨城県多賀町の原田歯科医院から歯科医師一名を派遣してもらいたいとの依頼を受けたが、たまたまその頃右の如く鋭吉の診療所設置場所が決つていなかつたので、同人に原田医院を応援させることにして同病院に派遣し、その間同人に対する金地金の配給を受領していた。これを知つた原告は被告郡会の吉池会長に、林幸一の不当受配を糾明するよう要求したが、被告郡会が原告の期待するような処置を講じないのをみて、昭和二十四年始頃林幸一に金地金横領の疑ありとして、長野地方検察庁岩村田支部に同人を告発し、又長野県知事に対し、同人が仮空な名義で診療所を設置したとしてその取締を要望した。右検察庁は林を取調べた結果起訴猶予処分にし、長野県衛生部薬務課では林幸一に対し、林鋭吉分の昭和二十四年度以降の金地金の配給をしないことにして既に受領した昭和二十三年度分については、そのまゝ受取つておいてよいとの諒解を与えた。一九四九年四月八日附高原新聞(軽井沢町において発行)は「北佐久郡歯科医師会の不正暴露さる、」の見出しで、日本共産党北佐久地区委員会は、林幸一の金地金の受配、被告郡会における金地金の配分方法、林幸一の秋山ちかえに対する治療と金冠の取扱等に不正があるのを確認したので、被告郡会吉池会長等に訊し、同人等は会の非民主的性格と不正受配の事実を認めた。共産党は会の徹底的民主化、配給品の公平な分配、患者に対する良心的治療の徹底、林幸一の秋山に対する不当処置の謝罪と損害補償を申入れた。でたらめな配給の責任は歯科医師会のみならず、監督官庁たる小諸保健所・県薬務課の責任も動かせないところであろう。との記事を掲載したが、会員の間には右記事は原告の投書によるものであるとの噂がなされた。以上の事実が認められる。しかしながら、原告が高原新聞に投書をして右記事を掲載せしめたことを認めるに足りる証拠はない。

(ホ)、(b)について、

前掲乙第八号証と証人原四十、同竹内勝時の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二十三年頃原告や前記植木文子等には医療物資の配給がないのを不審と思い調査したところ、被告郡会では金地金等医療物資が慣例により役員の作成した会員業務見立表に基き配給されており、林幸一等業績の挙る者、患者数の多い者に配給が偏り、原告等のように実績のない引揚者・疎開者には殆んど配給されない仕組になつているのを知り憤慨し、同年十二月末頃会員中の長老である林了の援助を得て吉池会長を詰問し、吉池会長は翌二十四年一月開かれた臨時総会で、配給方法に遺憾の点のあつたことを陳謝し、右総会において、医療物資は爾後各地区に平等に配分することに改められたこと、及び右総会には北佐久地区の共産党員が出席し、医療物資の配給方法に不正があると追求したことが認められる。しかしながら、原告が共産党員をして右配給方法に容喙せしめた事実を認めるに足りる証拠はない。

(ヘ)、(c)について、

証人林幸一、同原四十、同竹内勝時、同遠藤富次郎の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、前記林幸一は昭和二十三年頃秋山ちかえの依頼を受けて、同女の歯二本の継歯の施術をしたが、その際同女の歯の金冠を外し、これを継続歯の合綴に使用し、後に右秋山の再三の請求により使用残りの金を返還したが、それは銀を混ぜて溶解したものであつた。同女は抜取つた金冠とは別のものを返されたとして岩村田警察署に林幸一を告訴した。又同女は右治療後の経過が悪く、他の歯科医の治療を受けた。原告は知人から秋山ちかえに対する林幸一の治療の仕方をきゝ秋山につき調査した上、林は患者に無断で外した金冠を何回請求しても返さなかつた、返したものは金であるかどうか疑わしい、これ等は歯科医師の信用を害する行為である。又秋山は施工された架工歯が痛んだので、竹内勝時、岩崎貞彦等に治療を依頼したが、有力者の林幸一の施工したものであるため、正当の理由がないのにこれを拒否した。としてその頃開かれた総会の席上で、林幸一、竹内勝時等を詰問した。以上の事実が認められる。なお右各証拠によれば、被告郡会員間に、原告が秋山ちかえをして林幸一を告訴せしめたとの風評があつたが、原告は右告訴には関係がないことが認められる。

(ト)、(d)について、

成立に争のない甲第二十三号証、同第二十四号証の一、同第二十五号証の一乃至五、同第四十六号証の一、原本の存在並びに成立に争のない同第四十六号証の二・三、証人佐藤一二の証言により成立を認め得る同第二十四号証の二・三と証人佐藤一二、同原四十、同竹内勝時、同原田八郎、同林鋭吉の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、軽井沢町国保組合被保険者佐藤備四より昭和二十四年六月同町国保係に歯科医師林鋭吉の治療を受けたが、治療内容、診療費等に疑があるから調査してもらいたいとの申出があり、同町長佐藤不二男は同町国保運営協議会にその対策を審問し、同協議会の答申により、同協議会の歯科医師代表である原告にその調査を依頼した。原告は林鋭吉について右佐藤に対する報酬請求に過誤なきかをたしかめたが、同人が不当請求の事実を否定したところから、同人の国保の取扱全般につき調査を始め、昭和二十四年五月より同年十月までの間に百余件の不当請求のあることを発見し、長野県国保団体連合会審査委員の検討を経て、軽井沢町長にその旨を報告した。同町長は原告の右報告に基き、昭和二十四年十二月十四日林鋭吉に対し、同町国保組合療養担当者の指定の取消をなした。林鋭吉はかくて同町国保組合の保険医の資格を失つたのであるが、その後被告郡会の総会の席上で報酬請求に過誤のあつたことを陳謝し、昭和二十五年六月十四日軽井沢町長に対し、担当医として診療中多くの誤りをおかしたことを詫び、爾後正しい診察に従事することを誓う旨の誓約書を差出し、同町国保組合療養担当者に復帰した。原告は林鋭吉の右不当報酬請求事件に関し、当時の被告郡会長桜井関太の取扱態度が穏当でないと追求し、同人に始末書を書かせた。以上の事実が認められる。そして右甲第二十五号証の二・三によれば、被告郡会長桜井関太は軽井沢町国保組合長に対し、昭和二十四年十一月二十八日、不適正な診療報酬請求をなした担当医の氏名、不適正な事柄、右担当医に対する組合の態度処置、組合の歯科医師会に対する希望事項を紹介し、右組合長である軽井沢町長はこれに対し、同年十二月十四日、不適正な歯科医師・林鋭吉、不適正な事柄・診療報酬請求の不当、組合の態度・療養担当者としての協定解約、歯科医師会に対する希望・かゝる事件を惹起することのないよう特別の配慮を望む、旨の回答をしたことが明らかであるが、被告郡会が原告と右組合及び林鋭吉との間の円満を図るため斡旋しなければならない立場に立つたことを認めるに足りる証拠はない。

二、右原告の(a)乃至(d)及び(A)乃至(D)の各行為はいずれも、原告が被告郡会の会員に非違があるとして、指摘追求したものであつて、そのため原告の追求を受けた会員は原告を不快視し、警戒し、敬遠し、右の如く事件が累次発生するに従い、原告を会の平和をかく乱し、会員間の親睦を破壊する者であると考えるにいたり、他の会員も次第にこれに同調するようになつていたところ、たまたま前述の如く原告の投書が北信毎日新聞に掲載されて一般に流布されるという出来事が起り、それが直接の動機原因となつて、原告の除名決議をなすにいたつたことが、前掲甲第三号証と証人岩崎貞彦、同中島鉱蔵の各証言、被告郡会代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認め得られる。(右認定に反する原告本人尋問の結果は採用しない。)そうすると(A)乃至(D)の事実が除名事由に該当するか否かを検討する前に、先ず(a)乃至(d)について考察するを要する。

三、原告は、林幸一の金地金不当受配を追求して同人を告発し、被告郡会の医療物資の配給方法の不当を指摘してこれを改めさせ、軽井沢町国保運営協議会の答申による同町長の依頼により、林鋭吉の報酬請求書を審査し、不当請求の事実を発見してこれを同町長に報告したのであり、又林幸一の秋山ちかえに対する診療については、林が原告主張どおりの不当行為をなしたとは認め難いが、秋山に対し診療の内容方法についての説明が足りず、金の返還をおくらせ、返した金塊に疑を懐かせるものがあつたことは、前掲遠藤富次郎・原四十の各証言及び原告本人尋問の結果により、認められる。そして原告が(a)に関し高原新聞に投書し、(b)に関し共産党員をして配給に容喙せしめ、(c)に関し林幸一を告発し、(d)に関し被告郡会をして、原告と林鋭吉等の間を斡旋するの余儀なきにいたらしめた事実の認められないことは前述のとおりである。

従つて原告は被告郡会の会員として、或は軽井沢町国保運営協議会委員として会員の不当行為を公の場において指摘糾弾したのであるから、その限りにおいては原告には非違はなく、責めらるべきは、不正不当の行為をなした会員であり、これ等会員が原告を快しとしないのは、逆恨みであるといえないこともない。

しかしながら一、において認定した事実と証人林鋭吉、同林幸一、同原四十、同竹内勝時、同中島鉱蔵、同岩崎貞彦、同原田八郎、同植木文子の各証言、被告郡会代表者本人尋問の結果を綜合すれば、原告は徹底的に会員の非を追求し、所信を貫くに急な余り、相手に対する態度、役員会総会における言動がやゝもすれば高圧的となり、一般会員に対し、目的を達成するためには監督官庁の監督権の発動、告訴告発をも辞さないものであるとの印象を与え、又反対意見に耳を藉す雅量に乏しく、会員であり同業者である相手方に対する思いやりに欠ける等、原告自身にも団体の構成員として遺憾な点があつたこと、林幸一・林鋭吉・吉池・桜井等が原告に快からず、含むところがあつたのは、原告からその非違を糾弾されたからだけでなく、右の如き原告の態度言動もその原因をなしており、その故に他の会員間にも、原告を不快視し、敬遠する空気が醸成されるようになつたことが認められる。

四、ところで被告郡会は、被告郡会・被告県会は和衷親睦を根本的性格としている。それ故、歯科医師がたとえ入会を申込んでも、会内の和衷親睦を乱す人柄であるならば、入会を拒否するものとし、被告郡会は定款第七条で入会には本会の承認を受けるものとする旨の規定を設けたのである。かような次第であるから、定款第十六条第一項第四号の「会の綱紀を乱した者」は厳格な意味の綱紀を乱した場合でなくとも、会内の和衷親睦を乱せば、この綱紀を乱した者として、本会から出て行つてもらいたいということになり、除名できるのである。(B)(C)(D)の原告の行為は右綱紀を乱した場合にあたる。と主張する。

なるほど、被告郡会(被告県会も)は同業者の任意団体ではあるが、公益的性格を有する団体である。それは被告郡会が民法の社団法人であるからばかりでなく、歯科医療及び保健指導を掌ることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保することを任務とする歯科医師の団体として、前記定款第三条の目的を達成するために設立されたものである点に鑑みても明らかである。従つて単なる親睦団体ならば、会内の和衷親睦が会の綱紀となる場合が多いであろうが、被告郡会における綱紀は必しも和衷親睦と一致するものではない。定款第十六条第一項第四号の除名事由である綱紀を乱した者に該当するのには、和衷親睦を乱しただけでは足りず、それが定款第三条の被告郡会の目的と相容れない性質のものでなければならず、同時にその会員をして被告郡会の会員たる資格を喪わせるに足る程度の非違がなければならない。

次に被告郡会は、除名を入会の拒否と同性質のものであるという如くであるが、第一において説示したように除名は制裁の性質を有し、会員は被告郡会から除名されることにより、被告県会及び、日歯の会員の身分をも喪い、被告郡会被告県会及び日歯から受けていた各種の利便を奪われ、かつ除名の事由は被告郡会より関係官庁及び会員に通知されるのであるから、除名を入会の拒否と同日に論ずることはできない。

五、よつて(A)乃至(D)が除名事由に該当するか否かを判断する。

(イ)  (C)、の注意は原告が個人的に岩崎貞彦に対してなしたものであり、それにより岩崎が看板を書き改めたことは岩崎貞彦の証言により認められる。そしてその後原告が右看板につき岩崎を非難攻撃するようなこともなかつたことは右証人の証言及び原告本人尋問の結果により明らかである。又原告の注意は岩崎に対する個人的なものであるから、他の会員の同種の広告につき注意しなかつたからといつて、直ちに不明朗な態度であるということはできない。してみると仮に岩崎証人の供述する如く、その際の原告の言辞が威圧的であつたとしてもも、原告の注意が同業者の業権の圧迫であるとはいえず、他の会員に対し何等の処置を採らなかつたのが不当とはいえない。然も右注意は昭和二十五年秋頃なされ、その後この問題が被告郡会において論議された形跡はないのであるから、三年余の後に突然これをとり上げて論議すること自体不自然であり、妥当性を欠くといわざるを得ない。

(ロ)  (A)(B)(D)の事実は前記植木文子の土屋和之に対する診療行為に端を発して起きたもので、互に密接な関係がある。

植木文子の診療報酬金六万九千六百七十円の請求については、土屋和之・堀込重則の双方に著しく過大であるとの不満があり、軽井沢警察署は右植木に詐欺の疑があるとして捜査を始め、原告に土屋和之に施工された架工義歯の相当報酬額の見積を依頼し、原告は土屋の口中を調べて診療費の適正価格を金三万四千二百円と見積り、これを右警察署長に報告し、植木の請求を不当に高額であるとして、軽井沢警察署において施術の内容及び請求額につき、右植木を難詰したことその際中島鉱蔵が右植木に附添つて軽井沢署へ出頭したが、原告がこれを快からず思つたこと、軽井沢署は植木文子の行為は詐欺罪にあたらないとして捜査を打切つたが、原告はこれを不満とし、同警察署長に抗議したこと、一方植木文子から医療費の請求を受けた土屋和之は堀込重則と土屋実法を相手方として岩村田簡易裁判所に治療代金六万九千六百七十円の支払を求める調停の申立をしたこと、その頃北信毎日新聞は右診療問題をとり上げ、植木文子を傷害事件の弱点につけこむ不徳義な歯科医師とし、原告の見積額が適正料金であるとする如き記事を掲載したこと、及び被告郡会は植木文子の右診療行為に遺憾の点ありとして昭和二十九年三月二十九日同人を戒告したことは先に認定のとおりである。

(一) 右のような状況の下において(B)の中島鉱蔵の軽井沢地区離脱の決議がなされたのである。原告は、中島鉱蔵を軽井沢地区から離脱させる決議をしたのは被告郡会役員会であり、中島は右決議により同地区を離れたのである。原告は単に中島が軽井沢地区から小諸地区に移ることを希望する旨を述べ、その提案をしただけであつて、原告の恣意によつて同人を離脱させたのではない。と主張する。外形的事実からすれば正に原告のいうとおりであるが、原告が右提案をするについては次の如き経緯があつた。即ち、前記一の(ロ)において認定した事実と証人中島鉱蔵、同竹内勝時、同原田八郎、同原四十の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は中鳥鉱蔵が前示の如く、植木文子の軽井沢町国保組合に対する報酬請求問題或は土屋和之に対する診療問題につき、右植木を庇護するような態度を採つたことを憤慨し、同人が昭和二十八年十一月の役員会における発言を取消し原告に陳謝したのに、原告と同調しない同人が軽井沢地区の構成員となつていることを不快とし、同地区より離れさせようとして前記提案をなしたものであることが認められるのである。原告は本人尋問において、中島は監事としての立場から、植木に注意すべきが本当であるのに、これを暗にかばい、協力しているようにみえた、これでは軽井沢地区の和を破壊する基となるので、軽井沢地区から離れて小諸地区に戻つてくれと希望を述べたのであると供述するが、前述の如く、植木文子は原告の調査により軽井沢町国保組合に対する報酬請求に誤りのあるのを発見され、長野県国保団体連合会の審査員の調査を受け、昭和二十八年十一月被告郡会から注意をされたのであるが、原告の右調査は原告が国保審査委員としての資格においてなしたものではなく、植木文子・中島鉱蔵等療養担当者の依頼により同人等の請求書を調査したのであり、中島等は請求書の記載を是正し、その適正化をはかる目的をもつて、原告に調査を依頼したのである。従つて同人等としては原告から誤りを摘発され、公の問題とされることなど予期していなかつたことは推測に難くない。してみると、原告が植木の不当請求を烈しく追求しようとするのに対し、中島がこれを穏便に治めようとして、同人を庇護する態度に出たのも故なしとせず、このことをもつて中島を軽井沢地区の和を破壊するものであると非難するのは当らない。又右中島は植木文子の依頼により同人と同道して軽井沢警察署に赴いたものであることが、植木文子・中島鉱蔵の各証言により認められるから、植木の土屋和之に対する施工の説明をきくため催された右警察署の会合に中島が出席したからといつて、軽井沢地区の和を害したということもできない。その他右中島が植木文子を不当に庇護することにより同地区の和を破壊する如き行為をなしたことを認めるに足りる証拠はない。そうすれば、中島鉱蔵が植木文子の事件につき、原告と意見を異にし、原告に同調しなかつたことをもつて軽井沢地区の和を乱すものということはできず、たとえ原告が是と信じて前記提案をなしたものとしても、それは原告の恣意によるものといわざるを得ない。

(二) (A)の新聞記事となつた原告の投書は、単に甲第十一号証の新聞記事の誤りを正さんとするものではなく、植木文子の診療内容、診療方法を非難攻撃し、同人は歯科医師の特権を利用し不当に利を貪らんとする不徳義漢である。同人の行為は社会悪であると断じ、同人を庇護する者も亦社会悪を助長するものであるとして暗に被告郡会の役員等を非難し、同人等が社会悪を庇護したような印象を与える内容のものであり、第三者に対し、植木文子は悪徳医師であると印象づけ、被告郡会の会員にも不徳義な歯科医師が多いのではないかとの疑を懐かせる内容のものといえる。又証人岩崎貞彦の証言により認め得る、岩崎貞彦に(D)の書信を発する前、原告は山浦安夫と土屋勝に対し、公文書を否定されたことを感謝する、会の三役はなつていない、岩崎が辞表を出したのは結構である、反抗するなら反抗せよ、頼みとするのは貴下等両名だけである、旨の書翰を送つた事実と右岩崎が専務理事の辞表を提出するにいたつた経緯を考え合せれば、(D)の原告の右岩崎に対する書信は、岩崎が原告の主張を容れ、星野温泉で作成した文書の誤りを承認し、診療報酬額が五万円に打切られたことを認めれば足りることで、専務理事を辞する必要はないのであるから、辞表の撤回を勧告する。若し誤りを認めないならばあくまでも糾弾するという趣旨のものであつて、単純な辞表撤回の勧告ではないことが認められるから、会員に対する書信として不穏当といわざるを得ない。

そこで原告が右投書をなし、岩崎に対する書信を発するまでの間の原告と植木文子の行動につき考えてみると、

前掲甲第十八号証、同第二十六号証の一と証人土屋孝、同土屋今朝巳、同植木文子の各証言によれば、植木文子は治療内容診療報酬額等について説明をせずに土屋和之に施工をし、診療報酬として金六万九千六百七十円の請求をしたことが認められる。植木としては前述の如く示談書を示され、いくらかゝつてもよいから一生涯使えるような丈夫な歯を入れてもらいたいと依頼されたので、特に説明するまでもないと考えたのかも知れないが、歯を七本も折られた傷害事件の被害者の治療であり、抜隨・架工義歯調整等相当大きな施術を要し、その上高価な材料を使用し、特別な技術をもつて当らなければならない施工であるならば歯科医師として当然その治療内容・診療報酬等の概要を患者等関係者に説明すべきであり、殊に診療報酬額が当時としては大金である六万九千金円、これを負担する加害者被害者共に荷馬車稼業の経済力に乏しい青年であることを思えば尚更である。又成立に争のない甲第八号証の一・二と証人原四十の証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、当時被告郡会の会員は診療所に暫定料金表(甲第八号証の一)を掲示し、一般に右料金表に準拠して診療報酬を定めていたこと、及び植木文子の右請求額は右料金表による金額の約二倍に達することが認められる。特別な施術をし、そのために診療報酬が嵩むならば、そのことを予め関係者に説明して諒解を得べきであつた。右の如く植木文子の診療態度は当を得なかつたばかりでなく、診療後診療内容につき詳しい明細書を要求されたのに対し、不親切とも思われるような請求書(甲第二十六号証の二)を作成し、軽井沢警察署においても納得のいく説明をなし得なかつた。(尤も原告が同人の診療行為及び請求額が不当であるとして非難攻撃し、同人の釈明をきこうとしなかつたことが相当影響していると思われるが、)このような植木の態度が、土屋和之・堀込重則等に疑惑を懐かせ、軽井沢警察署からは詐欺の疑をかけられ、医療費の不当請求として世人の話題となり、被告郡会を紛糾混乱におとしいれたのである。(後の二者についは後記の如く、原告の言動もその原因をなしているが、)然も前述の如く被告県会長の斡旋があつたのであるから、植木は冷静に事態に対処し、斡旋の線に副つて報酬の請求をし、混乱の収拾をはかるのが、歯科医師として又被告郡会の会員として採るべき途であつたのに、原告に対する対抗上自己の請求を貫く必要を感じてのことゝは思われるが、右斡旋後再び土屋和之に対し、請求金額全額の請求をした。前記調停が右全額(但し国保組合で負担する金四千四百七十円を除く)を支払うことを前提として成立したのは、植木が右の如く全額の請求をしたからであることは推測に難くない。かゝる植木の行動は原告を刺戟し、植木糾弾に熱中させる結果となり、北信毎日新聞社への投書、岩崎貞彦に対する書信となつて現れたものといえる。従つて植木文子には幾多責められるべき点がある。

次に原告については(1) 前述の如く、土屋和之等傷害事件の関係者が植木文子から診療内容や診療報酬算定の理由等をきくため軽井沢警察署に集つたのであるが、原告が、自己の見積を是とし、植木の診療の内容方法に不正不当があり、請求額が不当に高額であると攻撃し、同人の弁明に耳を藉す雅量に欠けたことが植木のあいまいな説明と相俟つて所期の目的を達せず、(2) 前掲甲第九・第十号証と証人新保宗助の証言を綜合すれば、原告は北信毎日新聞の記者に、右植木の診療問題に関し、報道資料を提供したことが推認され、(3) 一の(イ)において認定した事実と前掲乙第九号証の一・二、甲第二十一・第三十一・第三十二号証、同第三十三・第三十四号証の各一・二及び証人岩崎貞彦、同植木文子、同原四十、同竹内勝時、同中島鉱蔵の各証言、原告本人尋問の結果、被告郡会・被告県会代表者の各本人尋問の結果を綜合すれば、原告は被告県会長鈴木義三郎の斡旋により、植木文子の報酬請求問題は、報酬額を五万円とすることで示談解決し、土屋和之が包金をする旨の条件は撤回されたものと諒解していたところ、被告郡会長竹内勝時、専務理事岩崎貞彦等が右包金の件もその内容となつていると主張し、植木文子が前述の如く土屋和之に再び全額の請求をしたので憤慨し、鈴木会長に協定違反を訴え、善処方を要望したが、包金の条件を入れた斡旋案を原告も承諾して示談が成立したのであるとの回答に接したので、昭和二十九年七月五日再び同人に対し、六月十七日の会談は最初より包金なる名称で植木歯科医に六万九千六百七十円を請求させようとしたものといえる。会談の結果を示すメモは岩崎専務が貴下の口述を器機的に表わしたものであることが明白となつた。これは怪文書である。この怪文書は左記理由により無効であることを宣言するとて、無効理由十四項目を掲げ、最後に追伸として、貴会長は御自分の言行は正当であると信じられるであろうし、小生も亦自説を正しいと信ずるものであります。故に何れが是か非か、本年七月十五日前後において社会の公論に訴えんと予定しております。と結んだ書信を発し、一方同年八月十日頃開かれた被告郡会の役員会の席上で、竹内勝時・岩崎貞彦等役員に対し、怪文書を取消し、取消したことを声明せよと要求し、列席していた監事山浦安夫・土屋勝の両名から前記岩崎貞彦作成の文書が公文書でないとの返答を得たこと、(たゞし同人等は右文書に記載の示談条項がが、合意の内容と異ることを認めて、公文書であることを否定したものとは認められない。)このように原告は植木文子及び被告郡会の役員並びに被告県会長等が前記診療問題についてとつた態度を非難攻撃し、原告の主張の正しいことを認めさせようとしたが、効果挙らずその上前記調停事件も前述の条項で成立するにいたつたので、右調停条項を誤り報じた北信毎日新聞に前記投書をし、更に岩崎貞彦に対し前記書信を発したものであること、原告は北信毎日新聞が再び右診療問題をとり上げて論評し、植木文子及び被告郡会役員員・被告県会長等の筆誅を加えることを期待して右投書をしたのであつて、右投書が記事として紙上に掲載されることも予測し得る事情にあつたこと及び岩崎貞彦をして、同人の書いた前記文書が真実に反することを自認せしめんとの意図の下に、前記書信を同人に送つたものであることが認められる。(右認定に反する原告本人尋問の結果は措信しない。)原告としては右の如き行動を避け、穏やかに直接或は被告郡会等を通じて植木文子の意見弁解をきゝ、同人を説得して誤りの是正に努め、医療の適正化に尽力し、事態の悪化を防ぎ、会を混乱せしめないようにすることが、被告郡会の会員として採るべき態度であり、かくしてこそ医道の高揚ともなり、土屋和之等関係者の信頼をかち得る所以ともなつたといえよう。総じて原告の行動態度には、被告郡会の構成員として穏当を欠くものが、幾多見受けられるのである。

(三) しかしながら、原告の諸行為を通じてそれが著しく被告郡会設立の趣旨に反し、被告郡会の維持存立を危うくするものとは認められない。又(A)(B)(D)の原告の行為はいずれも植木文子の前示不穏当な行動・不明朗な態度が原因をなしているのであり、(C)の行為と共に同業者の非違を正さんとした動機につながるものであつて、その動機に発する諸行為が前述のように穏当を欠くにいたつたについては、被告郡会等にも責任があるといわなければならない。即ち、原告の提案を容れて中島鉱蔵を軽井沢地区より離脱させたのは被告郡会役員会であり、原告が北信毎日新聞に投書をし、岩崎貞彦に前記書信を発したについては、会員植木文子の歯科医師としての責務を怠つた診療態度・診療報酬請求の仕方及びその後の行動、植木文子の右診療行為に関連して発生した事件につき、徒に困惑し、適切な処置を採り得なかつた被告郡会役員の無定見、並びに星野温泉における斡旋案の内容を原告と植木文子に徹底させなかつた被告県会長鈴木義三郎及び被告郡会役員の怠慢によるところが大である。被告郡会としては原告及び植木文子に対し、是は是、非は非として断固たる態度をもつて臨むべきであり、又そうすることによつて、被告郡会の体面は保たれ、綱紀は維持された筈である。原告に対しそれをなし得なかつたのは、会員等が原告を恐れ、敬遠したためと、従来会員中には前記(a)(b)(c)(d)の如き不正不当をなすものがあり、この度に原告の指弾を受け、その会員は勿論、会長等も面目を失していたためであることが窺われる。かくして会員間に醸成されていた原告に対する嫌悪感が原告の独善的行動に刺戟され、除名の動議を機として表面化し、それが除名を可とするもの十八・非とするもの四・棄権三の圧倒的多数をもつて、原告除名の決議をするにいたつたものと思われるが、それだけに右投票が多分に感情的なものに左右されてなされたことは否めない。それは植木文子の診療行為については戒告処分をもつて臨んだだけで、その他には何等の処置を講じなかつたことからも推認し得るのである。

(ハ)  上来説示し来つたところを彼此勘案すれば、被告郡会がその体面と綱紀をそこなわれたにせよ、これが責任のすべてを原告に負わせ、その会員たる身分を剥奪するのは著しく不当であつて、(A)(B)(D)及び(C)の原告の諸行為は定款第十六条第一項第三号・第四号の除名事由に該当しないとなすべきである。なお被告郡会は、被告郡会の定款には戒告の規定がない。原告の人柄からいつて、定款に規定のない戒告などなすことができないので、規定どおり取扱い、原告を除名したのである。と主張するが、前述の如く、除名は制裁としての性質を有するものであり、戒告も制裁の性質を有するのであるから、除名をなし得る以上、定款に明記されていない一事をもつて、それより軽い戒告をなし得ないとするいわれはない。それは被告郡会が前述の如く植木文子を戒告した事実及び証人鹿島俊雄の証言により認め得る、被告郡会同様戒告に関する規定をもたない日歯が会員を戒告したことのある事実からもいゝ得るところである。従つて、被告郡会の定款に戒告に関する規定のないことは、原告の除名を正当ずける理由とはならない。そうすれば、臨時総会における原告の除名決議は無効であり、そうである以上、原告は現に被告郡会の会員たる身分を有するものといわなければならない。

第四、原告は、被告県会は被告郡会の原告を除名した旨の通知に基き、定款第十五条により原告を除名したが、右除名(厳格にいえば、被告県会において除名といつているものにあたらないことは、成立に争のない乙第一・第二・第十四号証により明らかである)は、(1) 被告郡会の除名の当否を考慮することなく、慢然定款第十五条を適用した違法があるのみならず、(2) 無効な被告郡会の除名に基く除名であるから、無効であると主張する。しかし右乙号各証と証人鹿島俊雄の証言を綜合すれば、県会はその傘下の郡会の全会員をもつて組織され、日歯は全国の県会の全会員(従つて全国の郡会の全会員)をもつて組織されており、従つて日歯の会員は同時に必ず何れかの県会・郡会の会員である、逆にいえばある郡会の会員はその上の県会及び日歯の会員となる仕組になつていること、そのため日歯或は県会・郡会において除名された者又は会員の身分を喪つた者は当然他の会の会員の身分を喪うものとしたこと及び被告県会・被告郡会も右の例によつていることが認められるから、右(1) の主張は採用しない。原告は被告郡会定款第十四条は日歯の身分との関連については全然定めていないから、日歯で除名されても、被告郡会の会員の身分を喪わせる根拠はないと主張するが、右各証拠によれば、日歯は除名し又は会員たる身分を喪つた者については、その旨を被告県会に通知し、被告県会は定款第十五条により、その者を会員の身分を喪つた者として処理し、これを被告郡会に通知する仕組になつているので、被告郡会は被告県会の右通知により定款第十四条を適用するのであることが認められるから、右定款第十四条に日歯との身分の関連について規定していないことは、前記認定を左右する資料とはならない。しかしながら、被告県会が定款第十五条により、会員たる身分を喪つた者とするには、その会員が有効に被告郡会等傘下の郡会の会員たる身分を喪失したことを要し、除名が無効のため、郡会の会員たる身分を喪つていない者に対しては、右規定を適用して会員の身分を喪わせることはできないものと解すべきである。そうすれば前認定の如く原告に対する被告郡会の除名は無効であり、原告は被告郡会の会員たる身分を有するのであるから、被告県会は定款第十五条により、原告を会員の身分を喪つたものとすることはできず、原告は被告県会の会員たる身分を有するものというべきである。

第五、損害賠償及び謝罪公告の請求について、

原告は、被告郡会長竹内勝時は除名決議が無効であることを知り、もしくは過失により知らずして、原告に対し除名の通告をし、関係機関に原告を除名した旨を通知し、原告に精神的損害を与えた。右竹内は被告郡会長の資格において、その職務の執行として右行為をなしたのであつて、民法第四十四条第一項の理事がその職務を行うにつき、他人に損害を与えた場合に該当するから被告郡会は原告に対し、その与えた損害を賠償し、侵害した名誉を回復する方法を講ずる義務があると主張する。

被告郡会長竹内勝時が昭和二十九年十月二十四日原告に対し除名決議を通告して原告を除名し、同年十一月六日小諸保健所長・北佐久地方事務所長・長野県社会部長・同県衛生部長・軽井沢町長・被告県会長・及び東信地区歯科臨床研究会長に原告を除名した旨を通知したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第十四・第十五号証、原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第十九号証の三によれば、信越放送が同年十月二十五日正午のニユースで、信濃毎日新聞が翌二十六日の紙上で、信濃衛生新聞が同月二十八日の紙上で、夫々被告郡会が同月二十四日原告を、会員の業権をさまたげ、会員の離合集散をはかり、会員を個人攻撃し、脅迫的文書を同僚に送つた、との理由で除名した旨の報道をしたことが認められる。そして竹内会長は前述の如く、その職務の執行として右通告・通知をなしたのであつて、原告に対する除名決議の通告は除名の効力を発生させる法律行為であり、主務官庁等に対する通知は事実行為といえる。法人の理事がその職務の執行としてなした法律行為或は事実行為により、他人に損害を加えた場合、理事に故意又は過失があれば、法人は民法第四十四条第一項により、不法行為上の責任を負わなければならないことは原告主張のとおりである。これを本件についてみると、原告は本件除名により被告県会及び日歯からも会員の身分を喪つたものとして取扱われ、被告郡会・被告県会及び日歯の会員としての権利の行使ができず、会員としての利便も受けることができなくなり、又主務官庁その他の関係機関に除名の事実を通知されたため、それ等機関との連絡も多くは杜絶し、業務上不都合を生ずることも屡々あり(このことは原告本人尋問の結果により認められる)ために精神的な苦痛を受けたであらうこと及び右通知によつて除名の事実が公にされ、報道機関の報道するところとなつて、医療関係者及び一般世人から疑惑の眼をもつてみられ、名誉・信用を損い、精神的苦痛を受けたであろうことは推測に難くない。従つて竹内勝時が原告の除名決議の無効であることを知り、もしくは過失により知らずに、右通告・通知をなしたものならば、被告郡会は原告に対し、それにより生じた損害を賠償しなければならない。よつて竹内務時の故意過失の有無を調べると、右竹内が除名決議の無効を知つていたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前述の、表決の結果が圧倒的多数をもつて原告の除名を可とした事実及び原告にも被告郡会の構成員として幾多不穏当な行動があつた事実、並びに前掲乙第三・第五号証と証人竹内勝時の証言・被告代表者本人尋問の結果を綜合すれば、竹内勝時は右決議が無効であることを知らずに、通告・通知をなしたものであることが認められる。そして右事実及び証拠と対比すれば、右竹内証人の証言により成立を認め得る甲第二十九号証の一乃至三は、竹内勝時が除名決議の無効であることを知らなかつたことにつき、過失があつたことを認定する資料となすに足りず、他に右竹内の過失を認めるに足りる証拠はない。

右の如く竹内勝時に故意過失が認められないのであるから、原告の被告郡会に対する損害賠償の請求は失当といわざるを得ず、又被告郡会に不法行為上の責任がない以上、謝罪公告が原告の名誉回復の方法として適当であるかどうかを判断するまでもなく、被告郡会に対し、右公告を命ずる判決を求める請求も理由がないことはあきらかである。

以上認定の如くであつて、原告の本訴請求は、被告郡会との間において、原告が被告郡会の会員であることの確認を求め、被告県会との間において、原告が被告県会の会員であることの確認を求める請求は正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条・第九十二条・第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 高野耕一 正木宏)

謝罪公告

本社団法人北佐久郡歯科医師会は昭和二十九年十月二十四日開かれた本会臨時総会に於いて緊急動議に基き会員高橋遵一氏を、歯科医師の信用を失墜せしめ業権の拡大に反する行動をなし、又同僚会員に脅迫的文書を発したが故に、本会の体面をけがし且その綱紀を乱した者として除名する旨決議しました。しかし乍ら右除名理由はすべて高橋氏の正義感にあふれ医道の高揚に尽さんとした誠意ある行動を曲歪したものであつて決して同氏に除名処分をもつて臨まねばならぬ如き非行があつたのではありません。故に前記除名決議は無効であり、高橋氏は依然本会々員の身分を有すること勿論であります。かゝる無効なる決議を以て同氏に非難すべき点ありと世間に公表し、名誉を損つたことはすべて本会の軽慮の至す所でありますから高橋氏に対し深く謝罪の意を表しこゝに公告するものであります。

昭和 年 月 日

社団法人北佐久郡歯科医師会

右代表者理事 山口春蔵

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